聖霊の風を感じて
教頭 上川 恵
熊本の地震、変則的な台風、千葉をはじめ各地を襲った集中豪雨、そして連日の酷暑……。自然の猛威に驚かされ、心を悩ませることの多かった夏でした。皆様におかれましてはどのような夏休みを過ごされたでしょうか。
私は4月から器楽クラブの子どもたちと一緒にトランペットの練習に励んでいます。1学期は数えるほどしかクラブの時間がなかったため、まだまだ始めの一歩です。夏休みに意気込んで楽器を持ち帰ったものの、自宅は防音ではありません。近所のことを考えると、遠慮がちに音を出すことになります。なかなか思うような音が出ず、上達への道のりはまだまだ遠いようです。管楽器は、鍵盤楽器のように鍵盤を押せば決まった音が出る、というものではありません。唇の形、口の中の状態、そして息づかいによって、自分で音を作っていきます。目で見ることのできない「息」を、自分の感覚を頼りにコントロールしなければなりません。
考えてみると、私たちは日常の中で、意識せずにさまざまな息の使い方をしています。誕生日ケーキのろうそくを消すときには大きく息を吸って、口をすぼめ、勢いよく吹きます。熱い食べ物を冷ますときには、同じように口をすぼめて「フーフー」と息を吹きかけます。ただし、ろうそくのときと同じ勢いで吹けば、食べ物の汁が周りに飛び散ってしまいます。寒い日に冷えた手を温めるときには、口を開き、お腹の底からそっと息を吐き出します。すると温かな息が手を包みます。どれも私たちは特別に考えなくても自然にできます。それは、これまでの経験の中で身につけてきたからでしょう。そう考えると、トランペットも同じなのかもしれません。息の使い方を身体で覚え、経験を重ねることが、上達への一番の近道なのでしょう。焦らず、子どもたちと一緒に、地道に練習を続けていきたいと思っています。
さて「息」について考えていると、聖書の中に記されている、人間が創造された場面が思い浮かびます。
「主なる神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。」(創世記2章7節)
聖書では「息」と「霊」とは深く結びついています。聖書が書かれたヘブライ語において「聖霊」を表す言葉には「息」や「風」という意味もあります。息も風も、目で見ることはできません。しかし私たちは確かにそれを感じることができます。頬をなでる風、木々を揺らす風、そして私たちの身体を満たし命を支える息。目には見えないけれど、確かにそこにあるもの。人々は、そうした「息」や「風」の中に、私たちのすぐそばにおられる神さまの働き、恵みを感じ取ったのではないでしょうか。
そんなことを強く感じた出来事が、この夏にありました。立教英国学院のサマープログラムに同行した際、今なお現役で走る蒸気機関車に子どもたちと一緒に乗りました。車窓に広がる美しい景色を眺めながら、デッキで子どもたちと汽車を楽しんでいると、いつの間にか、誰からともなく歌声が聞こえてきました。そして、その歌声は少しずつ周りへと広がっていきました。歌っていたのは、プログラムの中で立教生と女学院生が一緒に歌った聖歌でした。サセックスの美しい田園風景。子どもたちの澄んだ賛美の歌声。そして、頬をやさしくなでていく風。その三つが重なった瞬間「神さまがここにいてくださる」と感じました。あの心地よい風は、まさに聖霊の風、私たちを祝福してくださる神さまの「息」のように感じられました。
新しい学期が始まりました。これから子どもたちは、さまざまなことに挑戦し、うれしいことだけでなく、思うようにいかないことにも出会うことでしょう。そんな一人ひとりの歩みのそばに、目には見えなくても確かに働いてくださる神さまがおられます。時には優しくそっと、時には力強く、私達に息を送ってくださる神さまに支えられて、一人ひとりが自分のペースで次の一歩を踏み出していってほしいと思います。
2学期も子どもたちの毎日に神さまの恵みの風がそっと吹き続けますように。そして子どもたちの中に与えられた「命の息」が、豊かに生かされていきますように。保護者の皆様とともに、子どもたちの成長を見守っていきたいと思います。
チャリティ・デー2026 「難民の友に、難民と共に。」
今年のチャリティー・デーでは、NPO法人アルペなんみんセンターの松浦由佳子さんをお招きし、世界規模で問題となっている難民についてお話を伺いました。
松浦さんは立教女学院中学校・高等学校の卒業生で、今年5月には中高の土曜集会でも講演をされています。小学生から高校生までが同じタイミングで難民問題について知り、共に考える機会を得られたのは、非常に意義深いことだと感じました。
生まれ育った国を追われ、見知らぬ土地へ身を寄せる覚悟。しかし、たどり着いた場所でも国籍はなく、何の保障もありません。「私」という存在を証明することさえ困難なのが、難民たちの置かれている現状です。アルペなんみんセンターでは、こうした難民の方々へ衣食住などの支援を行いつつ、難民申請のサポートなど、できる限りの手を差し伸べられています。しかし、日本の難民認定率が世界と比べて非常に低い現状もあり、思うようにいかない難しさがあることもお話から伝わってきました。
私たちにできることは何でしょうか。日本に逃れてきた難民の方々の様子を聞けば「すぐに受け入れるべきだ」と思うのは自然な感情です。一方で、社会制度や受け入れ体制の観点から、一朝一夕には解決できない複雑な事情があることも理解できます。それでも「何とかしたい」という想いから支援は始まります。個人ができることは限られており、時には何もできないような無力感を覚えるかもしれません。しかし、私たちにできる確かなことがあります。それは「知る」ということです。
今回私たちは、難民の現状を知る貴重な機会を得ました。種は、私たち一人ひとりの心に蒔かれたのです。アルペなんみんセンターが掲げる「難民の友に、難民と共に。」という言葉を胸に、蒔かれた種を芽吹かせ、自分にできる「共に歩む形」をこれからも模索していければと思います。
新生会訪問
小学校聖歌隊は、20年以上前から群馬県榛名にある新生会と奉唱を通してつながりを続けています。
今年も夏の太陽が里山の緑を鮮やかに照らす中をバスで現地に向かいました。利用者の方々・スタッフの皆様に温かく迎えていただき、聖歌隊の子どもたちも自然と笑顔に。計3施設を回り、歌を通して温かい交わりの時をもつことができました。今年は、ボランティアキャンプに参加中の本学院の中学生と合同で、普段礼拝で讃美している聖歌を歌いました。歌声に厚みが生まれ、神様への讃美の思いを届けることができました。利用者のみなさまは、子どもたちにとてもやさしく声をかけ、たくさんほめてくださいます。その笑顔が聖歌隊の子どもたちの背中を押し、伸びやかな声で歌う力を与えてくださいました。短い交わりの時を終え施設を後にするときにも、見えなくなるまで手を振って見送ってくださり、子どもたちも暑さを忘れて笑顔を返していました。
帰りのバス車内で、「自分たちが小学生のころは、戦争で歌をうたうことが少なかった。今、歌える幸せをしっかり感じて欲しいと言われた。」「あなたの声が胸にしみて涙が出たよと言われて、思いが届いたのかなと思った。」と、まっすぐな感想が次々に挙がりました。自分の働きがだれかの心に届いた実感を得られる経験を、これからも神様を讃美する働きの原動力にできるように祈りました。大切なつながりを支えてくださる新生会のみなさまに、心から感謝しております。
立教Boys and Girls Summer program at 立教英国学院
5年生11名が、立教小学校の4・6年生と一緒にサマープログラムに参加しました。14時間のフライトはとても長く、北極圏を抜ける航路にわくわくしながら、イギリスのヒースロー空港に到着。2日目から本格的なイギリス生活のスタートです!朝食からテーブルマナーを習い、立教生と一緒に英語で授業を受けました。最初は立教生と女学院生で分かれて行動することが多かったのですが、少しずつ会話を増やし、名前を覚えて交流を深めていきました。
4日目はロンドン観光へ。街が近づくにつれて子どもたちのテンションも上がります。ビッグベン(正式名称:エリザベスタワー)が見えたときには歓声が上がりました。午前中はウエストミンスター寺院や立教女学院に縁のある聖マーガレット教会を、午後は大英博物館を見学。ガイドさんの話に耳を傾けながら興味のある展示をじっくり眺めたり、家族や自分へのお土産を楽しそうに選んだりする姿が見られました。
食事の場面では、テーブルマナーを毎日少しずつ教わり、日に日に立ち振る舞いが変化していきました。テーブルマナーは「誰かを嫌な気持ちにさせないため」に始まったもの。一つひとつの所作はもちろん大切ですが、その根本にあるのは「相手を思う気持ち」であることも教えていただきました。マナーに限らず、普段の生活でもこの気持ちを心がけていきたいと考えさせられました。
たくさんの経験を通し、視野を大きく広げた子どもたち。このプログラムで学んだことをこれからの生活に活かしていくこと、ここからが新しいスタートです。
~子どもたちのふりかえりより~
〇イギリスの人を見て驚いたのは、知らない人同士でもまるで友達のように会話をすることです。日本ではすれ違っても会話をしませんが、フレンドリーに接する姿を見て、コミュニケーションの大切さや、いざという時の協力・助け合いの力につながっているのだと感じました。
〇経験は『挑戦』しないと得られないものだと分かりました。イギリスに行くという『挑戦』をしたからこそ、日本との違いに気づけたからです。挑戦し続けることで、自分の目標のさらに上を目指せると思います。失敗して終わりではなく『次はどうしよう』と工夫を重ねることが『結果オーライ』の意味なのだと学びました。これからも失敗を恐れず、予想以上の成功を目指して頑張りたいです。
EAC国際交流プログラム
今年も6年生12名がオーストラリアのバリナにあるEAC (Emmanuel Anglican College)を訪れました。このプログラムは今年で6回目。ホームステイをしながらEACで学校生活を送ります。
学校では、お世話をしてくれるスクールバディが一人ひとりについてくれて、一緒に授業に参加しました。わからないことは丁寧に答えてくれるので、安心して過ごすことができたようです。算数の授業では、「式だけの問題は解けるけど、文章問題は大変だった。でもバディが教えてくれてわかった!」とうれしそうでした。きっとそこには、子どもたちの「『わからない』と言う勇気」もあったと思います。自分の気持ちや状況を、勇気を出して伝えることからは、算数の問題を解くこと以上に大切な何かを学べたような気がしました。
また、学校生活を通じて仲良くなった友達に日本からのお土産を渡しました。「伝わるかな。」という不安があっても、勇気を出して英語で説明をすると決めていた子どもたち。身振り手振りを交えて一生懸命伝える姿がありました。どうにかして伝えたいという子どもたちの思いと、分かろうとしてくれるEACの子どもたちのやさしい姿勢のおかげで、日を追うごとに仲が深まったようでした。
見るものすべてが新鮮で、始まってしまえばあっという間の10日間でした。穏やかな環境とやさしさに包まれたバリナの地で、今年も無事に過ごせたことに感謝いたします。