自分にできること

教頭 上川 恵

 新しい年が明け、多くの人は家族団欒の時を過ごしていたと想像します。元日に起きた石川県能登地方の地震は、最大震度7を記録し、家屋倒壊、土砂崩れ、火災、津波などにより大きな被害をもたらしました。今も停電や断水が続き、ライフラインの復旧が進んでいない状況です。輪島市、珠洲市、能登町では、少しでも良い学習環境を求めて中学生の希望者が親元を離れ、施設に避難していきました。先がわからない不確かな状況の中で、家族と離れ学校の仲間と過ごす事を選んだ生徒たちの決意を思うと、胸が痛くなります。

 立教女学院の歴史を語る際、過去の大きな震災を外す事はできません。
 1891年、マグニチュード8、死者7,000人を超えた濃尾地震では、家も親も失った孤児たちが多く出ました。中でも少女たちは人身売買に悪用される事態が起きました。当時立教女学院の教頭であられた石井亮一先生は、被災地を訪れ、多くの女児を引き取って孤女学院を始めます。その中に知的障がいをもつ少女がいたことから、後に日本初の知的障害者施設、滝野川学園を始めるに至ったのです。
 1923年の関東大震災では、当時築地にあった立教高等女学校の校舎は倒壊、焼失しました。生徒が増え、新校舎を建ててからほんの10数年しか経たないうちでした。2本の門柱だけが残った焼け跡に生徒たちがたたずむ写真は、貴重な資料として学校に残されています。失意の中で、第3代設立者ジョン・マキム主教は「すべては失せたり、信仰のみあり」という電報をアメリカに送ります。その言葉がアメリカの人々の心を動かし、多額の寄付によって学校を再建する事ができました。消えて失くなってもおかしくなかった立教女学院が、今このように在るのは、海を越えた多くの方々の善意のおかげです。
 1995年に起きた阪神淡路大震災では、立教女学院高校生40人と教職員が、ボランティア活動のために神戸に向かいました。活動の一つに老人ホームのトイレ掃除があったそうです。断水が続く中、外から水を運び、汚物の詰まった便器をひたすら掃除する活動をした、と記録に残っています。我こそはと手を挙げてくれた高校生たち、瓦礫が残る被災地に娘を送り出してくれた保護者の方々の思いに胸を打たれます。
 2011年の東日本大震災では、日本中が大きな悲しみと恐怖に包まれました。地震による津波や火災に加えて原発事故による被害も大きく、日本中が大混乱に陥りました。立教女学院は復興支援室を設け、児童生徒、藤の会、教職員ができることを考え支援活動を行いました。小学校では今に続くチャリティ・デーと南三陸スタディツアーが始まりました。藤の会では「ルピナス」という団体を作り、人形劇や歌など楽しい時間を提供するために何度も福島に出向いてくださいました。放射能の影響で外で遊べない子どもたちのため、関係の幼稚園にボルダリングなどをプレゼントしました。設置には藤の会のお父様方がご尽力くださいました。震災から10年以上が経ちますが、支援をきっかけに出会った方々とは、支え支えられる関係から“仲間”という関係に変わり、今でも交流が続いています。

 関東大震災で一度ゼロになった立教女学院だからこそ、困難の中にある人々に心を寄せ、自分に何ができるかを考えられる学校であり続けたいと思います。

≪ 席書会 ≫

 書き初めは皆様ご存知の通り、古来日本で行われてきたお正月の伝統行事です。江戸時代から庶民にも広がり、人々はおめでたい言葉やその年の目標などを書いて、字の上達や、その一年がうまくいくことを願ってきました。
 本校では、この伝統行事の体験を皆で共有し、より一層文化を継承する心を深めることを目的として、毎年4・5年生の席書会を行っています。しんと静まり返り、独特の緊張感漂う体育館で、子どもたちは清書に取り組みました。この日のためにたくさん練習を重ねてきた子どもたち。それぞれ真剣に紙と向き合う姿からは、とても尊い美しさが感じられました。納得のいく作品を仕上げられた子もそうでなかった子も、この経験を通してそれぞれに成長し、次の世代に伝統を伝える種を自分の心に植えられたことと思います。作品を持ち帰りましたら、ぜひ改めてお子様の頑張りを大いに褒めてあげてください。またお子様とご自身の書き初めの経験を分かち合い、ご家族の絆をさらに深め合う機会ともなれば幸いです。
~児童の日記より~
 今年の5年生が書く言葉は「世界の国」です。去年から続いているウクライナとロシアの戦争、ガザ地区とイスラエルの戦争。去年は世界中がぐちゃぐちゃになってしまった年だったと思います。だけど、今年こそは世界の国が一つの星、地球にいられることに感謝し、平和の意味もこめて、太く、こく、まっすぐ筆を進めました。                                                      

 

≪ 私の大切な御言葉 ~紙刺繍~ ≫ 

 六年生の二学期になると、子どもたちに「小学校卒業」という意識が芽生え「最後の○○」という言葉を口にするようになります。神様のお導きによって、立教女学院小学校の児童としてスタートをきった入学式の礼拝。礼拝に始まり、礼拝に終わるという学校生活を過ごしてきました。6年間を振り返ると、恵まれた環境で、たくさんの出会い、体験、努力して勝ち得た宝、自信。しかし、決して良かった、楽しかっただけでは終われない日々もあったことでしょう。一人で解決できたこと、誰かに助けてもらったこと、誰にも言えず、解決もできずにいた……そのようなこともあったようです。それでも、今日という日があるのは「聖書の、讃美歌のこの言葉があったから……」子どもたちの素直な気持ちです。そのような想いを形にして残す。それが「大切な御言葉」です。
 小学校のスクールカラーであるエンジ色の紙に、大切な御言葉をバックステッチで、形にしていきます。字の大きさ、刺繍糸の色、額縁など、全て、各自の想いに任せています。刺し終えたあとすぐに、充実感を味わいながら、この御言葉を選んだ理由を書いてもらいます。子どもも大人も、作品と選んだ理由を見て「あっ!これは」と誰が作ったものかわかるようです。それは、共に過ごした証のようにも感じます。
 これからの人生、思い通りにならないこと、悲しいこと、辛いこと、どうすることもできないことなど、不本意なことがあるでしょう。紙刺繍の御言葉を思いだし、新たな日を迎え、進んでいってほしいと願っています。
 支えられた感謝を、支える勇気に!!良いときこそ、神様に感謝を!(3月上旬に3階に展示いたします。) 

≪ 4年生 アイメイトによる特別授業 ≫

 みんなと何もかわらないのよ。少しだけ手助けが必要なことがあるだけよ。
 1月19日、アイメイトを使用されているHさんをお招きしてお話を伺いました。アイメイトと共に歩行する様子や、料理が得意というHさんがキャベツを千切りする様子も見せていただきました。Hさんが包丁でキャベツをザクザクと切り始めると、「上手!家でとんかつに添えてあるキャベツよりも細くてきれい」と感嘆の声が上がりました。「アイメイトを使うようになって変わったことは?」という質問に対し、「白杖の時は、いろいろ気を遣うことが多くて生活を楽しめなかった。でも、アイメイトを使うようになり、お買い物や散歩も行きたいと思った時に、ハーネスを着けたらすぐに一人でスーパーや仕事にも行けるから生活がとても楽しくなった。私の趣味はスキューバダイビングやお菓子作り。みんなと同じように生活をしています。」と笑顔で答えていらっしゃる姿が印象的でした。「困った時は、近くにいる人に、『教えてください』って声を掛けます。みんなも困っている友達がいたら、『大丈夫?』って聞くでしょう。同じように声を掛けてくれると助かります。」とお話しされました。Hさんの「みんなと何もかわらない」という言葉は、子どもたちの心に強く響いたようです。
~児童の感想より~
・アイメイトと風を切って歩いているHさんの姿を見て、私の小走りと同じ位の速さにおどろき ました。また、見えていた時の方が転ぶことも多かったと聞いて、アイメイトといる方が安全なんだなとわかりました。
・スキューバダイビングや料理やお菓子作りが趣味と聞き、Hさんが私たちと本当に同じように生活を楽しんでいるのがわかりました。アイメイトをなでている時が、一日の幸せと聞いてアイメイトとの絆の強さを感じました。
・Hさんの様子を見ていて、とても楽しそうで私たち人間は障がいがあってもなくても同じなんだ なと思いました。これを機に困っている人がいたら、声をかけてお手伝いしたいと思います。

 

≪ 小さなコンサート ≫

 1月22日、聖マーガレット礼拝堂にて小さなコンサートが開催されました。厳かな雰囲気のチャペルに全校児童が着席すると、始まったのは聴きなれた音楽の演奏。少し緊張気味だった子ども達から「礼拝の音楽、これ礼拝の音楽だよ」と、ささやく声が挙がります。バッハの『小フーガト短調.BWV578』は、立教女学院小学校の子どもたちにとっては、毎朝聴きなれた「礼拝が始まる合図の音楽」です。長い期間にわたって学院全体の宗教音楽を築き支えてこられた岩崎真実子先生は、そのことをよくご存じで、最初の曲に選んでくださいました。子ども達の間に広がった和やかな笑顔と共に、演奏会が始まりました。
 聖マーガレット礼拝堂のオルガンは3000本近くのパイプが設置され、数十本のストップによって、無限の音色を奏でることができます。それらを駆使して、クリスマスの星にちなんだ曲が演奏されました。お話の中で、オルガンの最上部中央に設置された「星」の紹介がありました。先生が秘密のボタンを押すとクルクルと回りだし、キラキラ……と不思議な音が出ます。みんな身を乗り出し、首をいっぱい伸ばして星を見つめながら演奏を聴きました。最後は、オルガンの音に包まれるようにして全員で聖歌を歌いました。冬の柔らかな光の差し込むチャペルに響く美しい音楽は、神様から私たちへのプレゼントのように感じるひと時でした。
~児童の日記より~
・わたしたちが聖歌を歌う番が来ました。私は、今までで一番きれいで一番大きな声で歌いました。