シャローム

校長 児玉  純

 穏やかな春の季節と共に、やる気に満ちた元気な子ども達が三鷹台のキャンパスに戻ってきました。新しい仲間、新しい先生、新しい教室でこれからの一年をどう過ごすか、希望と期待できっと昨日は眠れなかった子も多いのではないでしょうか。子ども達の期待、保護者の皆様の期待に応えられるよう、今年度も教職員一同、心を尽くして全力で子ども達の成長に関わっていきたいと思います。

 「シャローム」。これはヘブライ語で「平和」とか「平等」等様々な意味があるそうですが、イスラエルではいつでも使える挨拶としてよく使われているそうです。聖書を読むと、イエス様は復活後にこの言葉を弟子達に向けられました。ここでは「あなたがたに平和があるように」(ヨハネ20:19)と訳されています。イエス様の挨拶の言葉はあまり記されていないのですが、わざわざここに書かれているのには、特別な意味があるような気がします。

 私たちもいつも挨拶をします。でも「恥ずかしい」とか「めんどうくさい」という気持ちが大きくなるのか、1年生の時はあんなにしっかり挨拶できたのに、学年が進むにつれてだんだん挨拶ができなくなる子が増えてきます。多くの子がそうなので、ある意味一般的な成長過程なのかとも思いますが、ちょっと残念でもあります。昨年度の子どもの成長を支える懇談会でも、挨拶のことが話題になりました。その時「もちろん言葉や形も大切だけれど、一番気になるのは、視線ではないでしょうか。」と、お話しました。「目は口ほどにものをいう」といいますが、相手と目が合ったときに言葉以上のものが通い合うことがよくあります。形はいろいろですが、相手に伝わることが重要なのではないかと思います。この一年「挨拶」をみんなで意識して、できれば「元気に声を出して」、できなくても「目を合わせて会釈をする」、そんな立教女学院小学校にしていきたいと思います。

 さて、シャロームに話を戻します。復活後に現れたイエス様と弟子達の間にどんな空間が現れたかを想像すると胸が熱くなります。そして、弟子達を見つめるイエス様のまなざしや、イエス様を見上げる弟子達の視線は特別のものだったと思います。イエス様は弟子達に言われたのと同じように、今の私たちに「‟シャローム”あなたがたに平和があるように。」と声をかけてくださっているのではないでしょうか。国際情勢は不安定で、国内に目を向けても争いごとばかりです。でも、私たちは、「自分の力を人のために使える人」「平和を作り出す人」となり、シャロームというイエス様の挨拶に応えられるよう祈っていきたいと思います。