心の成長を見つける

校長 児玉 純

  新しい年を迎え、学校には冬の澄んだ空気とともに、子どもたちの明るい声が戻ってきました。冬休みの思い出をうれしそうに話す姿から、ご家族で過ごされた和やかなお正月を想像でき、私たち教職員も温かい気持ちになります。年が明け、干支が巳年から午年になりました。昔から午年は「勢いよく前へ進む年」「思いきり自分の力を発揮できる年」として親しまれてきました。子どもたちにとって、この一年が新しい挑戦に向かってのびのびと歩みを進めていくことのできる、希望に満ちた年になってほしいと思います。

 昨年の4月から、子どもたちは数えきれないほど多くの「できた」を積み重ねてきました。学習で新しいことを発見した時や友だちと協力して何かをやり遂げた時、自分がしてもらった優しさを誰かに返すことができた時。「できた」を経験する度に子どもたちの心は大きく成長します。恒例の6年生との校長面談では、成長した経験を積み重ねてきた子ども達の話をたくさん聞くことができました。
 「英語が苦手だったけど、今は英検に挑戦しています。」 
 「3年生にルールをきちんと守ってもらうのに苦労したけど、キャビンリーダーとして一生懸命やって楽しいキャンプになりました。」
 「思い切ってダンスリーダーに立候補しました。みんなの意見をまとめるのは大変だったけど、最後はいいダンスができました。」
 「リレーの選手になりたくて、毎朝練習しました。リレーの選手になれて、運動会では力を出し切りました。」
 「代表委員としてクラスのため、学校のために何ができるか考えました。誰かのために自分の力を使えたことがうれしかったです。」
そのような心の成長に誰かが気づき、受け止め、励ますことで小さく膨らんだ心の成長をさらに大きくすることができます。聖書では、「互いに愛し合いなさい」と書かれています。この小さな成長に気づき、ともに喜ぶことも「互いに愛し合う」ことだと思います。私たちはお互いを大切にしながら、支え合って歩むことができます。自分の成長を見守ってくれる人がそばにいること、そして神さまがいつも見守ってくださっていることを、子どもたちが感じられる3学期にしていきたいと思います

 3学期は、一年間を締めくくるとともに、次の学年へと心と体を整えていく大切な時期です。午年の力強さも時には必要ですが、一人ひとりの歩みの速さは違っていていいこと、どの子も神さまの導きの中にあり、自分らしく前へ進んでいけることを伝えていきたいと思います。本年もどうぞ、変わらぬご理解とあたたかなご協力を賜りますようお願いいたします。この一年が、皆様にとって平和と希望に満ちた一年となりますよう、心よりお祈りいたします。

 

 

 

闇を照らす光となる女性を生み出す学校

~チャプレンからのメッセージ~

 明けましておめでとうございます。
 巷では2026年の1月1日から「新年」となりましたが、教会のカレンダーではいつも「新年」は世間よりも一歩先にやって来ます。というのも教会暦では、12月25日のクリスマスから数えて4つ前の日曜日から「新しい年」になるからです。2025年12月25日のクリスマスは、教会の暦で言うと「今年のクリスマス」となります。
 クリスマス・シーズンに必ず読まれるヨハネ福音書の1章には『光は闇の中で輝いている。闇は光に勝たなかった』という言葉があります。私はクリスチャンで、なおかつ牧師でもあるわけですが、この言葉を読むたびに「なぜ、世界は今も闇の中に沈んでいるのか。なぜこれほど多くの自称クリスチャンが、世界で闇を作り出しているのか。」と自問します。
 本当に残念なことに、2026年も、世界を揺るがす大事件で幕を開けました。日本時間の1月3日の夕方、アメリカがヴェネズエラの首都カラカスに爆撃を開始し、白昼堂々、大統領夫妻を拉致し、政権転覆を行ったのです。これは、世界最大の埋蔵量を誇るヴェネズエラの石油権益を、アメリカが強奪するために行われたものです。
 私は30年来、言語学者にして社会活動家で、アメリカの帝国主義批判を続けてきたチョムスキー(Noam Chomsky)から、政権転覆の基本的パターンを学んできました。昨年の11月初め「その時」が近づいていることを知り、牧師を務めている聖マーガレット教会の日曜日の礼拝の中で、ヴェネズエラのために祈り始めました。しかし「その時」が、年明け早々に来てしまいました。そして、この「巨大な闇」を作り出しているアメリカ政府の大部分の人たちもまた、自称クリスチャンなのです。
 私は毎週金曜日、藤の会の保護者の方々を対象に「ナザレのイエスに出会う」という勉強会をしています。それは、教会の伝統とか、教義を一旦脇に置いて、イエス様は何を語り、どのように生き、そして彼を通して、どのように神様が働かれたのかを学ぶ時です。私自身も参加者の皆さんと共に学んでいる中で、常に新しいことに気付かされます。その気づきの一つは、多くの教会も、自称クリスチャンたちも、イエス様を知らないんだということでした。
 立教女学院は、イエス様を土台とした学校です。イエス様の教えに従って、子どもたちを教育するのが立教女学院です。この学校の使命は、イエス様を知ることによって、暗闇を照らす光として生きる女性を生み出すことです。
 闇がますます深くなっているからこそ、イエス様から平和を創る道を学ばなくてはならない。そう強く思わされる、新たな1年の初めでした。