学校生活

小学校だより

2020/1/8

第253号 2019年12月20日

クリスマスを迎えて    校長 佐野 新生

 小学校は無事にクリスマスを迎えました。6年生の聖劇、5年生の祝会準備や全校児童に向けたカード作りなど、今年も見事なチームワークで支えてくれました。他のすべての学年でも、様々な取り組みや作品作りを通じて神の御子の御降誕を祝い、神の護りと導きの内に我々が生かされていることへの感謝を深めることができたと感じています。そして無事に2学期の終業式も迎えられました。様々な困難や苦労の中にある方々も多くおられる中で、我々は平和のうちに一年を締めくくることができることを、申し訳なくも大変ありがたいことと受け止めています。

 2019年も様々なことがありました。新天皇への皇位継承と元号の変更、日本人として27人目となるノーベル賞の受賞、世界のベスト8の座についた日本代表ラグビーチームの活躍。一方で辛いニュースも相次ぎました。ノートルダム大聖堂も沖縄首里城も大火災に見舞われました。テロ行為も世界各地で続発し、我が国でも株式会社京都アニメーション本社への放火事件で、36人が死亡という大惨事も起こりました。アフガニスタンの復興支援に長年尽力してきたNGO代表で医師の中村哲氏の殺害にも、大いに理不尽さを感じました。

 今年の夏も猛暑でした。それに引き継ぎ季節外れの大型台風による未曾有の集中豪雨、河川の氾濫による大被害と、深刻な事態が引き起こされ、地球をとりまく環境は良くない方向に向かっていることが実感されました。地球温暖化に関しては否定的な見解を示す研究成果もありますが、CO₂など温室効果ガスの排出量を減少させ、温暖化の流れを逆転させなければ近い将来に深刻な事態が引き起こされる、との様々なレポートが出されています。極地方の氷もどんどん減少し、南太平洋上の国々はすでに海面上昇による深刻な被害にさらされています。日本でも海流の変化に伴うサンマの不漁等が報じられましたが、南アジアの国々でもすでに森林の喪失、気温上昇、熱波の襲来、海面の上昇による被害が発生しているそうです。

 スウェーデンの16歳の高校生であるグレタ・トゥーンベリさんがニューヨークの国連本部で行われた気候行動サミットで、「苦しんでいる人たちがいる。死に瀕している人たちがいる。生態系全体が破壊されている。大規模な絶滅が始まろうとしているのに、話すのはお金のことばかり。永遠の経済成長というおとぎ話ばかり。よくも(How dare you)!」と、各国政府代表をにらみつけながらスピーチをしたことが大反響を呼んでいます。東京大学名誉教授の上野千鶴子氏は、「環境問題は『未来世代との連帯』と言われてきました、が、その『未来世代』は死者と同じく見えない、声のない人びとでした。その『未来世代』が当事者として人格を伴って登場したことに、世界は衝撃を受けたのでしょう」と述べたそうです。未来世代からの厳しい意見に各国の指導者は耳を傾け、特に影響力の大きな大国が力を合わせて、早急に地球環境の健全化に向けた具体的で有効な措置を講じていかねばなりません。

 トゥーンベリさんには中傷や揶揄も浴びせられていますが、クリスマスの時を迎えて、改めてイエス・キリストが地上的な権威を全く帯びずに生誕し、真の救いの道を示し、世の中で弱くされている人々に希望を与え続けたことを思い起こしました。自らの驕り高ぶりを戒め、神の導きの内にあって正しい生き方を求めつつ、新たな年を迎えたいものです。
 どうぞよいクリスマス、お正月をお迎えください。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪1・2年生生活科 秋さがし≫
 12月4日に、1、2年生合同生活科として、井の頭公園に「秋さがし」に出かけました。もともと予定していた日はあいにくの雨により延期となってしまいましたが、この日は雲一つない青空のもと出かけることができ、井の頭公園の色づく木々たちが日の光により、一層美しく見ることができました。
 まず、「秋さがし」に行く前段階の準備として、同じ名簿番号の1、2年生の4名が顔合わせをしました。グループの名前を決めたり、拾った落ち葉やどんぐりを使ってどんな作品を作りたいか、図鑑や、資料を元に話し合いを進めました。「どんぐりをいちごに見立てて、ダンボールと組み合わせてショートケーキを作ろう!」「紙コップにどんぐりを入れてマラカスを作ろうかな。」など、秋探し当日を心待ちにしている様子でした。
 そして当日、4人グループで元気に公園に向かい、どんぐりや落ち葉を見つけました。「この葉っぱ使えそうだね。」「大きいどんぐり見つけたよ~!」と嬉しそうな表情の子どもたち。みるみるうちに、ビニール袋がいっぱいになりました。また、紅葉はピークを迎えており、そのきれいな景色に子どもたちは魅了されていました。1、2年生で落ち葉をかけあって遊んだり、枝やおもしろい形の葉っぱをたくさん発見してはお互いに見せ合ったり……存分に秋を探すことができたように感じます。
 学校に戻ってからは、作品作りをしました。葉の色や形、大きさなどを考え、各チーム個性あふれる作品をたくさん作ることができました。「ここにはこの葉っぱをはるとかわいいんじゃない?」「こうするともっと上手にできるよ!」とアドバイスをする2年生。そして、それを嬉しそうに聞いて実践する1年生。落ち葉があっという間にすてきな作品になり、子どもたちの感性の豊かさに感激させられました。この活動を通して、さらに1、2年生の関わりを深めることができた1日となりました。(五十嵐)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪4年生理科 バードウォッチング
 12月5日、風のないあたたかな日差しの中で、井の頭池にて冬の野鳥観察を行いました。
 講師は井の頭自然文化園動物解説員の山崎(やまざき)彩(あや)夏(か)先生。動物解説員は、動物園にいる様々な動物を、来園者にわかりやすく説明する専門家です。山崎先生から、昔の井の頭池を代表する「オシドリ」を紹介していただいた後、池のふちに移動して寒いシベリアから渡ってきた野生のカモについて学んでいました。その途中、川の宝石と呼ばれる鮮やかな水色の「カワセミ」が水面を横切りました。数年に1度見かけてはいましたが、全員で見るチャンスがあったのは初めてです。「今日はついているな」と感じながら、バードウォッチングスタート。様々な方法で鳥を探して図鑑のカモの絵に色を塗っていきます。ポイントの1つに設置したフィールドスコープを使って、国内最大のサギである「アオサギ」も大きく拡大して観察でき、バードウォッチングの醍醐味も味わえました。途中からは今や井の頭池のアイドルとなった「カイツブリ」も登場。どこにいるか熱心に探す子どもたちの姿が印象的でした。めったに見ることができない野性動物に出会えた貴重な一日となりました。
(理科 大澤)

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

6年生理科 ふれあい天文学≫
 遠い宇宙のことを身近に感じて興味をもってほしい、学校の近隣で最先端の研究が行われていることを知ってほしい―。そんな願いを込めて、今年も国立天文台(三鷹市)から講師をお迎えして出張授業「ふれあい天文学」を実施しました。今年の講師は、フレア博士こと萩野正興(はぎのまさおき)先生(太陽観測科学プロジェクト)です。
 「赤橙黄緑青藍紫(せきとうおうりょくせいらんし)~♪」『海の声』のメロディに乗せて皆で歌って覚えた虹の7色。これは天文学の基本で、宇宙のどこに行っても変わることのない虹の7色を利用し、太陽の温度や黒点の磁力など、天体に関するさまざまなことを調べることができるのです。(※1)
 

 

 

太陽フレア望遠鏡でとらえた、太陽を横切る
飛行機(左)と今年の日食(右)ⒸNAOJ

 地球で生きていく上で欠かすことのできない身近な恒星、太陽。フレア博士の研究は、国立天文台三鷹キャンパスにある太陽フレア望遠鏡を用いて太陽フレア(※2) の大きさや放出方向などを毎日観測することから始まります。現在の太陽の色や黒点のようす、2~3年前の活発だった太陽にくらべて最近の太陽はおとなしく黒点の数も少ないこと、太陽フレアが地球の磁場を乱して私たちの生活に影響を及ぼすことなどを、直径2mの大きな球状スクリーンを使って説明していただきました。太陽はとても大きく熱いという印象をもっていた子どもたちは、宇宙の中で考えると「太陽は大きすぎず小さすぎず、熱すぎず冷たすぎない普通の星である」ことにとても驚き、教科書では学ぶことのできない事実を知ることができました。メモを取りながら真剣に聞き入り、最先端の研究と研究者に触れる貴重な機会となりました。(理科 亀山)
(※1)分光観測と呼ばれる観測手法。 (※2)太陽フレアとは、太陽の表面で起こる爆発のこと。

←太陽観測科学プロジェクト公式HP

 

―6年生の感想より―
・宇宙にはいろいろな星があって「太陽」がいることにより地球の生活は成り立っているのだなと感じました。
・萩野先生がおっしゃっていた「たった1億」というのは、たくさんの星を見てきたからこそ出た「たった」だと思いました。私たちの「たった」とは違ったからです。
・博士が「地球が爆発するのを防ぐには私たちが環境を大切にしていくことだと思います」と言っていました。私たちは「え、こわーい」と爆発することに悲鳴を上げていましたが、それは自業自得なのかもしれないと思います。ごみを分別しなかったり、飲みかけのものを公共の場に捨てていったり。私たちがしている様々なことによって、悲鳴を上げているのは地球の方なのです。私はもっと生活をあらためていきたいと思いました。      

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

34年生作家のお話を聞く会
   講師:杉山亮(すぎやま あきら)先生
 本校図書館貸出数トップ3に毎年入る「あなたも名探偵シリーズ」の杉山亮先生。ファンはこの日を心待ちにしていました。手遊び、言葉遊びに始まり、それは真か嘘か!?というようなことを次々と語ってくださいます。
 「僕が住んでいるのは八ヶ岳の中腹、標高1040mの小淵沢って所なんだけど……原生林の森の中に住む虫はね、結構大きいのよ。カブトムシやクワガタムシがね1mサイズは当たり前。みんな、えーっって言うけどね。半分は角だから、本体は半分。驚くようなことではない!」
(*興味のある方は「三メートルのかぶと虫」『空を飛んだポチ』所収をお読みください。)
 言葉巧みな作品作りのコツについては「出会った言葉を棚の上にあげておくとね。ある時それが落ちてきて他のことと結びつくんだよ。」例を挙げて教えてくださいました。(本宮)

2019/12/20

第252号 2019年11月29日

器    教頭 吉田 太郎

 普段よく使われていて、学校で習う漢字の中には、本来の意味からすると、間違っている漢字が結構あるそうです。例えば「臭」という文字。元々は「自」と「大」ではなく「犬」という組み合わせでした。「自」は鼻の形を表していますので、鼻のきく動物で「犬」を加えて「くさい」の意味になったということです。

 また、他には「器」という漢字。実はこちらも「口」が4つに「犬」というのが本来の漢字だったそうです。では何故、「器」は「犬」なのか?この問いを解明するために古代中国に想いを馳せてみましょう。「器」という文字にある4つの「口」、これは食べるため、喋るためのMouthではありません。この「口」とは、神への祈りを捧げる祝詞を入れる筒状の枡や箱のようなものだったと考えられています。祭壇に置かれた、それらの箱の真ん中に、生贄としての「犬」を捧げて、災害や厄介からのお祓いをする。神へ祈りを捧げる祭事の中で、重要な祝詞と生贄を捧げるためのもの。それが「器」という字の起源でした。漢字が日本に渡来するよりも遥か昔、縄文式土器には様々な文様が施されていたことを考えると、1万年前の日本でもおそらく、古代中国と同じように、器は祭事に用いられ、動物や採取した果実などの生贄を神に捧げる行為が行われていたということになるのでしょう。

 さて、私たちのキリスト教の世界でもイエスの十字架への道程では杯(器)がキーワードとして用いられます。十字架での死を目前に控えたイエスはゲッセマネの園で父である神に祈りを捧げます。「アッバ父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」と。そして最後の晩餐では、キリストと人間の契約を意味する杯を弟子たちと交わします。「器」という文字を一つ取り上げてみても、様々な歴史や物語があり、神に依り頼む人間の営みを感じさせます。
 また、「器」という字は日常会話の中でも、「あの人は器が小さい」「あの人は器が大きい」などと本来の容器としての分量ではなく、人間としての人格や才能の有無を示す言葉としても用いられます。無自覚に「器の小さい」人間が国や組織を動かそうとすることほど厄介なことはありません。

 論語の中に「子曰く、君子は器ならず」という有名な一節があります。“器とは便利なものであるけれど、一つのものに限定された使い方しかできない。その意味で残念である。君子とは限定された才能や役割ではなく、広く無限の可能性があるんだよ。”という意味と解されていますが、「器」の漢字の成り立ちを考えますと、私はこの論語の解釈はちょっと違うのではないかなと考えます。正しい生き方とは、先人のように祈りをもって、「一番良いものを神に捧げる生き方。」という、意味において「君子は器なり」と。

 コリントの信徒への手紙二4章の中に、「土の器」という聖句があります。神の似姿として創造された人間は「土の器」のような存在である。月日とともに欠けが生じるが、ヒビだらけの「土の器」の中にも神は宝物を納めてくださる。そして、ヒビだらけの器から神の光が溢れ、輝くのだと。
 地理的、歴史的な隔たりを超えて、人類共通の真理というものを「器」という文字から考察してみました。そういえば「犬」を生贄のようにひっくり返すと……、DOGはGOD?

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

《4年生スタディツアー 茨城県常陸太田市金砂郷 4A・11/13~14 4B・11/14~15》
 秋も深まる11月、紅葉彩る里山の風景が広がる金砂郷を訪れました。最初に訪れた浅川(久慈川の支流)では清掃活動を。慣れない竹ぼうきを使いながら、溜まった落ち葉を一生懸命集めます。寒くないのかな……と不安になる大人をよそに、「あぁ楽しい!」と大はしゃぎしながら金砂の自然を満喫していました。川をきれいにした後は、地元の方々と一緒に橋や樹木にイルミネーションの飾り付けをし、お茶とお菓子を囲みながら交流しました。はじめは何を話そうか戸惑っていた子どもたちも、地元の方々の温かさに触れ、いつの間にか打ち解けていました。再び浅川へ向かったのは18時。「3、2、1、点灯!」「わぁ〜!」浅川のせせらぎだけが響く静かな金砂の夜に、大きな歓声が湧きました。「人生で見た中で一番きれい!」隣の人の顔も見えないほどの暗闇に輝くイルミネーション。それを見る子どもたちの目も輝いています。地元の方々とともに感動を分かち合うと、あっという間にお別れの時間です。感謝の気持ちを込めて、“ありがとうの花”を合唱し、最後にハグ。涙ぐむ地元の方々を前に、子どもたちも照れくさそうに、でも嬉しそうな顔をしていました。宿への帰り道は、こぼれ落ちてきてしまうほどの満天の星空が広がっていました。
 2日目の目的地は久慈川。川原の至る所に、産卵を終えて力尽きて横たわる鮭の姿がありました。息絶えて間もないもの、鳥に食われて体の上半分しかないもの、骨だけとなったもの。鼻をつくような匂いと共に、自然界の厳しさが伝わってきます。命がけの産卵を終え、命をつないでいった鮭をじっと見つめ、手を合わせてお祈りをする子どもの姿も見られました。金砂の里山の中で、自然の営みやいのちの恵みを五感で感じ、たくさんの学びを得た2日間。来年のスタディツアーでどんな成長が見られるのか、楽しみです。(尾亦)


~作文より~
・今回、鮭の死がいや骨を見たとき、最初は少しかわいそうに思ったけれど、だんだんと「おつかれさま」という気持ちになりました。これが自然の中のことなんじゃないかなぁと気づきました。
・交流会で、おばあちゃんが来てくれました。最初のほうは、話にうまく入れず、こまっていました。でも「聞かなきゃ、せっかくのお話だから。」と思い、色々なことを質問しました。その中でいちばんおもしろかったのは、「あなた達がおそうじをした川で泳いでいたんだよ。」と言われてびっくり!「タオルなんて少ないから、くちびるを青くして体をふるえながら帰ったよ!」と笑いながら言っていました。他にも、みかんの花の手遊びを見せると、「速くてできないよ。すごいねぇ。」と会話がはずみ、「あまったおかしは、どうぞお持ち帰りください。」というと、「いえどうぞ。」「いえいえどうぞ。」こんなことを話していると、なんだか楽しくなりました。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

6年社会科見学≫
 6年生は、11月14日に社会科の公民分野の学習の一環として、最高裁判所と国会議事堂見学に行きました。
 この日は礼拝後バスに乗り、出発。バスの中から新国立競技場や、官庁街を眺めながら最高裁判所に到着しました。石造りの大きな建物で、特に大法廷の静謐で厳かな空気に圧倒されたようです。昼は昼食を兼ねて九段下の昭和館で過ごしました。昭和の様子の見学だけでなく様々な体験を通して、戦争の惨禍を改めて実感したようです。午後は国会議事堂を見学しました。この日は見学の直前まで衆議院本会議が行われていたとのことで、荘厳な雰囲気の議場や天皇の御休所などを見学しました。
 子どもたちにとっては、日頃テレビで見るだけの場所に実際に足を踏み入れ、政治や裁判について、肌で雰囲気を感じ、改めて公民としての自覚が少し芽生えたように思いました。(社会科 高橋

~感想より~
「とても貴重な体験ができたと思います。教科書の写真では分からない建物の大きさや迫力が伝わってきました。衆議院や大法廷には、なかなか入ることができないので、とても良い経験になりました。自分も国民の一人であるという実感を持って公民の勉強をしていきたいです。昭和館では、戦争のおそろしさを改めて実感しました。展示物だけでなく防空壕の体験もとても印象に残りました。選挙に参加して今後二度と戦争を繰り返さないようにしたいです。」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪さつまいもを育てよう ~1年生生活科~≫
 5月に20㎝ほどの苗だったさつまいもが、畑をうめつくすようにわさわさと茂っています。「おいもは、どのくらい大きくなっているかなぁ」「きっと両手ぐらいあるよ!」「いくつぐらい取れるんだろう?」「100個?」「そんなにある?」それぞれの予想を確かめに、教材園に向かいました。
 土深くうまったさつまいもを傷つけないように手で掘っていくと、大小様々なさつまいもが出てきます。バナナのようにまるまる太った20㎝ほどのおいもの他に、ひょうたん型、タマネギ型、ボール型など、おもしろい形のおいもも発見。普段お店で見ているような形とはかなり違うことにびっくり。さらにスコップを使って地中深く掘り進めると、かわいい赤ちゃんのようなおいもも、何個もとれました。
 不思議なことに、日当たりのよい場所の方が、おいもが小さいということもわかりました。これも「なぜ?」を考えるよいきっかけとなります。
 すべてのおいもを数えてみると、なんと200個以上。栄養士の西村先生に協力してもらい、本日の給食で全校児童に食べてもらうことができました。また、12月には、1年生全員で「おにまんじゅう」を作る予定です。こちらもどんな味になるか、みんな楽しみにしています!(小田)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪オール立教スイミングフェスティバル≫
 11月17日(日)、第27回オール立教スイミングフェスティバルが、立教大学新座キャンパスにある「セントポールズ・アクアティックセンター」で行われ、立教大学体育会水泳部をはじめとして、立教小学校、立教池袋中学・高等学校、立教新座中学・高等学校、立教女学院中学・高等学校の水泳部員と、立教女学院小学校の3~6年生の希望者(計28名)が参加しました。
 水深が1.4mと深いプールでしたが、子どもたちは自らが希望した種目に出場。1人ひとりが精一杯の泳ぎを見せてくれました。また、高校生や大学生の力強い迫力ある泳ぎを間近で見ながら、泳ぐことにさらに興味を持ってくれたことと思います。水泳を通して、「立教」という名を共にする小・中・高・大学間の交流・親睦を深めることができた有意義な一日となりました。(体育科 草苅)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪私学体育発表会 1123(祝)≫
 成城学園初等学校で行われたダンス発表会に、創作ダンスクラブと、バトンチアクラブが参加しました。参加校は全部で11校。新体操、競技チア、旗体操、ヒップホップ……様々なジャンルのダンスに出会うことができました。
 私たちの出番は最後から二番目。技術力の高い演技や、各校の表現に影響を受け、出番が近づくにつれて緊張している様子も見られましたが、さすが本番に強い子どもたち。いざ舞台に上がると練習の成果を堂々と発揮し、大きな拍手に包まれていました。自分たちの実力を知り、「もっと頑張らなくては。」とよい刺激にもなったようです。他の学校の演技を見て、学んだこと、吸収したことを生かして、子どもたちの表現がさらに広がっていくことを期待しています。今度はクラブ発表会に向けて頑張っていきたいと思います。(尾亦)

 成蹊小学校に私立学校9校が集まり、バドミントンの試合が行われました。
 試合はダブルス形式の3ペア1チーム、団体戦で行われました。この日が今年度初の校外試合のため緊張した様子でしたが、試合が始まると表情が変わり、ペア同士で声がけやハイタッチをし、お互いを高めあう様子がみられました。団体戦ということもあり、仲間の応援にも力が入りました。「おしい!」「次は絶対決めよう!」「足を動かして!」など、自然と子どもたちの口から応援の言葉が飛び交い、チームで勝利をつかみ取ろうとしている姿に感動しました。普段のクラブ以上に真剣な表情を見ることができ、試合後には「もっと強くなりたい。」「もっと練習をしたい。」と、どの部員からもバドミントンへの前向きな姿勢を感じ、嬉しく思いました。
 結果、AチームBチーム共に、9校中2位という成績を残すことができました。年度末に行われる校外試合に向けて、練習にも、チーム作りにも、更に力を入れていきたいと思っています。(五十嵐)

 

 

 

 


創作ダンス          バトン・チア        バドミントン

2019/11/29

第251号 2019年10月30日

神の国と神の義を    教頭 吉田 太郎

 『こども六法』(弘文堂、山崎聡一郎著)という本が異例のベストセラーとなっています。高学年向けに書かれた法律解説書なのですが、筆者自身のいじめ体験を踏まえて「法律を知っていれば自分で自分の身を守れたかも」という思いから、分かりやすく丁寧に書かれた本です。

 近年、日本社会の抱える問題の一つは道徳心、モラルの低下だと言われ、新しい学習指導要領の改訂では「道徳」が教科として正式に組み込まれました。そんな中でも創立以来、立教女学院小学校では「道徳」に代わって「聖書(宗教)」が代替するとして、キリスト教を価値の主軸に据えた教育を続けています。実際にはまだまだ足りない事ばかりですが、確かに、私たちの教職員集団は多忙な日々の仕事にも、「子どもたちのために」という視点ともう一つ、「神さまに喜ばれる働き」であるかどうかを常に意識しようと努力しています。さて、文科省が「道徳」を殊更に重視する背景には何があるか、道徳教育導入の推進論者が書いた『誰が「道徳」を殺すのか』(新潮新書、森口朗)の中に、興味深い分析がありました。要約すると、以下のような主張となっています。

〜現代社会の最大の厄介は、終戦直後の混乱期に教育を受けた世代の指導者がいまだに会社や組織の中で踏ん反り返っていることでしょう。彼らの多くが、新しい価値や創造性といったものよりも、自らの経験値のみに依拠した振る舞いに終始しています。驚くべきことに、犯罪検挙率が他の世代に比べて高いという統計もモラル教育の欠如を示しているのです。〜

 もちろん、70歳を超えた方々の中にも、経験豊かで素晴らしい人格者はたくさんいらっしゃり、社会の中で活躍し続ける、愛すべき先達を私たちは知っています。しかし、終戦直後の学校では軍隊帰りの教員や軍国主義の影響が残る中で、指導という名の暴力が正当化されていましたし、戦後しばらく(少なくとも昭和50年代まで)は、テレビドラマでも熱血教師が不良生徒に愛の鞭という鉄槌をお見舞いし、その教師の握った拳には涙が落ちる。そんなシーンが美談となるような社会でした。残念ながら、体罰や暴力を肯定する、誤った教育観のもとで多くの子どもたちが学んでいたということは事実です。
 昨今、騒がれているスポーツ団体や政治家、学校における暴言や失言、または暴力といったハラスメント問題の根底には、決まってモラルや人権感覚の鈍い、昭和の高度経済成長期を支えた自負と、そのやり方をいつまでも信じて疑わず、変える気がない、変わることのできない悲しい人たちが登場します。時代は昭和から平成、令和となったけれど、彼らの時代錯誤のオールドスタイルは決まって「昭和っぽいね」と囁かれています。平成の30年間はいったいどこへ行ってしまったんだろうと不思議になります。現代社会は5年、10年というスパンで大きく変化していくのだから、我々40代の昭和生まれ世代も30年後に「老害だ!」などと、今の子どもたちに言われないよう、自戒せねばと思います。

 『こども六法』には、刑法の解説に「その一言が罪になる!」という項目があります。「あいつキモイよな。」「ウザイよね!」という会話、これは刑法231条では「侮辱罪」となりうるし、バカやアホなどの曖昧な言葉でも罪になることもあるんだよ。と解説しています。また、「脅して何かをさせたらダメ!」では、刑法223条の強要罪について、いのち、体、自由、名誉、財産などに害を与えると言って、無理やり何かをさせようとする、あるいは邪魔をすることも犯罪である、と。これらはあくまでも一例ですが、改めて子どもだけでなく、大人も「法」「人権」ということを学び直す必要があるのだと感じました。
 日本国憲法は「基本的人権の尊重」について、侵すことのできない永久の権利として受け継がれていくものだと規定しています。そして、キリスト教主義学校としての見解は、人間の世界の法の上に、あるいはそれを超えたところに「聖書」に示された神の国の価値があります。ゆえに、神さまが愛された人間の持つ権利、人権を蔑ろにする社会を神さまは義とはされない。そのことを私たちはしっかりと守っていきたいと願っています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

《3年生社会科 スーパーマーケット見学》
 10月15日(火)、社会科の学習で三鷹台駅のすぐ側にあるオダキューOXに見学に行きました。私たちの生活の中で「働く人」にはどんな人がいるのか、また、その人はどんな仕事をしているのか、まずは一番身近なお店である「スーパーマーケット」に行くことになりました。売り場の見学や、普段なかなか入ることのできないバックヤードも見せていただきました。スーパーはお家の方とよく行く場所ですが、いつもとは違う視点での見学はとっても新鮮。「商品の棚に鏡がある!」「どうしてテレビにお料理の作り方が流れているのだろう?」と、お店の色々な工夫に気がつきました。バックヤードでは、冷凍庫や冷蔵庫にも入らせていただきました。冷凍庫の中の気温は、なんと-23℃!寒い部屋の中でお仕事をしている方は、手が凍らないように軍手をしていました。子どもたちにとってスーパーは身近な場所ですが、「働く人」の立場に立って考えると、新たな発見がたくさんあり、良い学びとなりました。たくさんの仕事がある中で、「働く人」がどのような思いをもって仕事をしているのか、これからの学習でさらに深めていきたいと思います。(3年 吉村)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪運動会を終えて≫
 今年は雨に悩まされました。都内の幼稚園、学校でも延期、短縮開催が相次いだと聞いています。本校も、予備日での開催、ギリギリまで悩んだ末の体育館実施となりました。出来なくなってしまった競技もありますが、子どもたちはそれぞれの思いを持って運動会を終えることができたようです。保護者の皆さまには、様々な変更に柔軟に対応していただき、感謝申し上げます。

~日記より~
●つぎはわたしたちのきょうぎ、でかパンきょうそう。ドキドキしたけれど、みんながはく手でむかえてくれたから、きあいが入った。けっかはざんねんだったけど、白と黄色組をはく手して、(おめでとう)と心の中で言っていると、くやしいけど、つぎはがんばるぞ!というきもちがわいてきた。(2年生)
●ダンスはれんしゅうの時よりたくさんのおきゃくさんが見ていて、とってもはずかしくて大じょうぶかなと思いました。みんながいっぱいのはく手をおくってくれてがんばる気もちがどんどんふえていって、え顔でできました。一番気に入ったのは、はたたいそうです。「ヒュー」と音がしていいなと思いました。(2年生)
●わたしはこの日をずっと楽しみにしていたけれど、ざんねんながら雨でした。てるてるぼうずをかざったのに、とてもざんねんでした。でも中高の体育館をかりてダンスときょうぎができました。ダンスはだいせいこうでした。(3年生)
●応援をしすぎてのどが痛くなりました。(あれ?でもこんなにのどが痛くなるほど大声を出したことがあったっけ?)と、心の中で思いました。私は前まで大声を出すと注目されると思ってあまり大声を出しませんでした。初めて大声が出せたことをうれしく思います。(4年生)
●全ての競技が終わって結果発表となりました。「赤組47点、白組47点」「同点です」というアナウンスに「ウワ~!」と歓声があがり、みんなおどろいた顔をしています。本番は勝ちたかったけれど、赤も白もおたがいに一生けん命練習していたので、同点でも良かったのかな、と思います。来年は優勝だ。(5年生)
●結果は同点。赤組も白組も諦めず「最後までやりきった」からこそ、相手とたたえ合えるよい結果に繋がったのだと思う。「最後までやりきる」。これは、この運動会で達成したい学級目標だった。みんな一人一人、チームで頑張ったからこそ達成できたと思った。(6年生)

 

 

 

 


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪芸術鑑賞会≫
 今年は、影絵劇団「かしの樹」をお招きし、木村裕一さんの本「あらしのよるに」を上演していただきました。表情豊かな影絵の動きと、技術を駆使した光や映像、たった一人による見事な語り……「かしの樹」の影絵ワールドにすっかり引き込まれていきました。
 どのような分野であっても、その道を極めた方々と出会うことは、子どもたちの興味関心を大いに刺激します。今回の公演も、子どもたちに大きな夢と感動を与えてくれました。6年間で様々な芸術に触れ、豊な心を育んで欲しいと願っています。(音楽科 上川)

~日記より~
●さいきんわたしも、おともだちをたすけました。ガブくんみたいにもうちょっとつよくたすけてみたいです。(1年)
●こわかったけれど、さいごはこころあたたまるおはなしでした。わたしがおとなになったら、「あらしのよるに」のようにこころあたたまる本をかきたいです。(1年)
●うらで影絵を動かしている人のテクニックがすごくて、白黒映画を見ているようでした。語り手のお姉さんもとてもうまくて、まるで何人もの人が会話をしているように聞こえて、たまに一人かどうか確認してしまいました。(5年)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

《色鉛筆》
石垣フグは食べられる
 息子と友人と伊豆大島に行った際、島在住の友人が石垣フグなるものを釣ってきた。半信半疑。「毒に当たったら死んでしまうかも?!息子に食べさせてよいものか?大体ここは伊豆大島なのだから、石垣と名前のつくフグは存在しないのでは?」などと考えているうちにフグの鎧のような皮は服を脱ぐように剥かれ、綺麗な白身が出ていた。友人の粋な包丁さばきに感動しつつも、こっそりとインターネットで本当に食べられるのか裏付けをとっていた。おそらく一緒に行った友人も隠れて検索していたであろう。街のはずれにあるキャンプ場で調理していたため、朝ごはん用のクラムチャウダースープの素で煮ることにした。味見で毒に当たってしまうかもしれないという恐怖よりも、興味が勝ちスープをすすってみる。なんとも美味!これこそ石垣フグ!友人を疑い毒を持っていないフグか調べ、味見したら最高~!と揺れ動いていた私の心を知らない息子は、隣で調理していた家族といつの間にか仲良くなりカレーをご馳走になっていた。完成した石垣フグのクラムチャウダースープは、息子が食べ出したら止まらず彼の胃の中にすっぽり収まった…。石垣フグは食べられる。※無毒でもフグ調理師免許を持つ人でないと調理不可。(図工科 唐鎌)

  • よくある質問
  • お問い合わせ
  • 交通アクセス
  • サイトマップ
  • リンク集
  • このサイトのご利用にあたって/個人情報の取扱いについて