イエス・キリストの系図

イエス・キリストの系図   教頭 𠮷田 太郎

 初めて自分専用の聖書を持たせてもらったのは小学校3年生の頃でした。革の装丁に、ずっしりと重く分厚い本。薄いページに印字された細かな文字とインクの匂い。大人たちが神妙な顔つきで扱うこの書物には、どんな素晴らしいストーリーが書かれているのだろうと、胸を躍らせ、慎重にページをめくり、新約聖書の1ページ、マタイによる福音書1章から読み始めました。ところがそこには片仮名ばかりの謎の外国の名前がずらり。あっと言う間に気が遠くなり、読むのをしばらく諦めてしまった苦い経験を思い出します。

「アブラハムはイサクをもうけ、イサクはヤコブを、ヤコブはユダとその兄弟たちを、ユダはタマルによってペレツとゼラを、ペレツはヘツロンを、ヘツロンはアラムを、アラムはアミナダブを、アミナダブはナフションを、ナフションはサルモンを、サルモンはラハブによってボアズを、ボアズはルツによってオベドを、オベドはエッサイを、エッサイはダビデ王をもうけた。ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけ、ソロモンは……」
(マタイによる福音書1章2〜6節)

 立教女学院小学校では降臨節(アドベント)が始まると、毎年きまって朝の礼拝で6年生が「イエス・キリストの系図」を朗読します。ところが本校の児童は当時の私と違ってとても優秀なので、低学年でもチンプンカンプンということもなく、「アブラハム知ってる!」「イサクは捧げ物にされそうだったね」「ユダってヨセフの兄弟の一人?」という知識を持っており、6年生くらいになると、アブラハムからイエスまでの約40人の名前を暗唱できる人もいるくらいです。

 さて、このイエス・キリストの系図の中には5人の女性が登場します。イエスの母マリア。他には、タマル、ラハブ、ルツ、そしてウリヤの妻。男性中心の古代イスラエル社会を描く中で登場する5人の女性。彼女たちはそれぞれ複雑な生い立ち、夫との死別、差別や貧困、異邦人であるといった社会的に困難な立場にありました。福音書はさらに、ダビデやソロモンというイスラエル王国の最大の英雄について、あえて「バト・シェバ」という名前ではなく「ウリヤの妻」という表現を用いて一人の女性を登場させます(サムエル記下11章をご参照ください)。

 アドベントにイエス・キリストの系図を読むということは、何を意味するのでしょうか。イエスはイスラエルの偉大な王の家系の生まれであるから正統なのだと強調したいわけではありません。あのダビデ王でさえ、「ウリヤの妻」という女性を登場させることによって、人の妻を横取りし、部下を戦地で見殺しにするという大きな罪を犯した人物として描かれています。人間の歴史は罪の歴史であり、罪のただ中にも神の愛が幼子イエスとして与えられたのです。悪意や敵意、憎悪を乗り越えた先に、救いがあることを祈ります。

クリスマス特集

≪5年生 カード作り≫

 12月17日のクリスマス祝会に向け、5年生たちは、10月末から準備に取り掛かり始めました。最初にクリスマスカードの話をした際は、「わぁ~楽しみ!」「どんな感じにしようかな?」と前向きな言葉が多く聞かれました。今までにクリスマスカードをもらったことがうれしかったようで、今度は自分たちが喜ばせる番だと意気込んでいました。
 最初は、一緒にカードを作る4人組で集まり、試作品を見せあいながら、どのようなデザインにするかを話し合い、今後の計画を立てました。そして、11月下旬にはクリスマスカードウィークを設定し、午後の時間はまるまるカード作りにあてました。
 4人で一つのものを作るためには、一人だけがどんどん作業を進めていても、完成することはありません。チームで声を掛け合っていくことが重要です。「わたしはプレゼントの形を切るから、〇〇ちゃんはツリーを貼って!」など、みんなで仕事をうまく分担して進めていく難しさと良さを体感できた様子でした。
 そして、何より印象的だったのは、子どもたちが仲間に対して寛容な姿を見せてくれたことです。一つのものをチームで作り上げるのはとても難しいことですが、少しトラブルが起きても、きちんと話し合い、友達と協同して頑張る姿を見て、本当に感心しました。
 全てのクリスマスカードが完成したときは、達成感に満ちたいい表情を見せてくれました。祝会当日には、カードを受け取った他学年の子どもたちの喜ぶ顔を見て、5年生も大満足だったようです!! (5年 尾崎)

 

≪代表委員会の取り組み≫

今年は今までと同じように、みんなでクリスマスをお祝いすることが難しそう……。そのような中でも、心温まる楽しいクリスマスの時を過ごしたい。じゃあ、私たちができることは何かあるかな。との思いから、代表委員会のメンバーで取り組んだことがあります。
 まずは、それぞれのクラスみんなで協力してツリーを飾ってもらおう!と、全クラス分のツリーやリースを委員会で作りました。クリスマスの日には素敵に仕上がったツリーが教室を彩りました。玄関にはカウントダウン表示を兼ねたリースも飾りました。さらに、祝会を楽しく盛り上げるために何ができるか工夫を凝らし、ランチのメニュー紹介や、クリスマスにちなんだ絵本の読み聞かせやクイズを楽しめる動画を流しました。みんなに喜んでもらえるよう、限られた時間の中で精いっぱい取り組みました。
 これらの活動を通して、学校のみんなの笑顔に触れられたこと、自分たちの力を尽くせたことで、何にも代え難い経験と喜びを、子どもたちが受け止めることができた様子でした。(代表委員会 土谷)

≪Caroling  12/11≫

 放課後のセントラルコートで、小中高の聖歌隊とハンドベルクワイヤーがミニコンサートを行いました。本来ならば学院クリスマス礼拝が行われる時期。学院全体でクリスマスを祝えない今年、音楽でクリスマスの喜びを分かち合おうと、各校音楽科が企画しました。
 聖マリア礼拝堂を中心にコの字状に建てられた小中校舎は、礼拝堂入り口で行われるパフォーマンスを、フラワーベッドやバルコニーから観覧できるように設計されています。音が校舎の壁に反響し、立派な野外ステージになります。
 小学校は分散登校中で、参加できない学年もありましたが、下校後の時間帯にもかかわらず多くの子どもたちが聴いてくれて、芝生にちょこんと座る低学年の姿は可愛らしいものでした。
 全員で歌った「荒野の果てに」……セントラルコートに響く平和の歌を聴きながら「神様はここに居る」そう感じることができた美しい光景がありました。(音楽科 上川)

≪6年 国際交流プログラム≫

「何話す?」「どうしよう」「え、私?!」と、最初は少し戸惑いながらも、期待で高揚するわくわく感をもって “Hello!”と挨拶をしました。本来であれば現地に赴いて、「生」の英語に触れる体験ができるはずだった、オーストラリアにある姉妹校、Emmanuel Anglican College (EAC)との国際交流プログラム。今年はコロナ禍で行くことはできないけれど、「繋がる」ことはできるということで、6年生全員とEACの日本語を勉強している子どもたちと、今学期は2回、オンラインで交流することになりました。
 一度目は、自己紹介をして、「こんにちは」「初めまして」とご挨拶をし、お互いに質問をし合いました。二週間後の二度目には、それぞれのグループがオンラインでできそうな遊びを考えて一緒に遊びました。与えられた時間が一瞬に感じるほどに楽しかったようで、授業後に「また会いたい!」「早く次のセッションしたい!」と、満面の笑みで話している姿が印象的でした。

●相手が描いた絵をあてるゲームは、とても盛り上がって楽しかった。英語で何て言っているか
 分からなくても、こんなに楽しいことがたくさんできるんだなと思った。

●クイズをしたとき、おたがいに「ん?ん?」という空気感ではなく、真剣にスペルを当てていて、
 「あ、ふつうにオーストラリアの子とゲームしてる」とつながっていることを実感した。今年、
 楽しみにしていたオーストラリア留学がなくなって残念だったが、オンラインでも楽しむことが
 できたので、すごく良い経験になった。

 遠く離れていても、実際に会えなくても、「繋がっている喜び」と「伝えたい気持ち」「伝えようとすることの大切さ」を学ぶことができました。(6年 中村)

≪4年 バードウォッチング≫

 12月3日、今年も4年生は、井の頭池まで冬の野鳥観察に行くことができました。
 学院を出発した時からバードウォッチングは始まっています。神田川に沿って井の頭公園に向かって歩いている途中、川の中でエサを探す「コサギ」に出会いました。列の先頭が近づくと、コサギは飛び立って川の上流に移動してしまいました。野鳥は私たちと自然との付き合い方や、自然との距離を教えてくれます。今度は4年生全員が静かにしずかに進み、コサギを驚かせる事無く最後の児童まで観察することができました。さらにカルガモ、キンクロハジロなどの湖面のカモの仲間を観察して、井の頭自然文化園に到着。園内の講師は井の頭自然文化園動物解説員の山崎彩夏先生です。動物解説員は、動物園にいる様々な動物を、来園者にわかりやすく説明する専門家です。山崎先生からは、昔の井の頭池を代表する「オシドリ」を紹介していただいた後、池のふちに移動して寒いシベリアから渡ってきた野生のカモについて教えていただきました。各自で活動するバードウォッチングの時間では、オリの中をジッと観察する、湖面を双眼鏡で見渡す、などの様々な方法でカモを見分けながら、図鑑の絵に色を塗っていきます。ポイントの1つに設置したフィールドスコープでは、遠くの高木に止まる「アオサギ」を大きく拡大して見ることができ、バードウォッチングの醍醐味も味わえました。学校を一歩出て、本物の野鳥に出会えた貴重な一日となりました。(理科 大澤)

 

色鉛筆

 一番古いクリスマスの記憶は、庭にあった小さなもみの木を父がスコップで掘り、家の中に運んでくれたことです。姉と一緒に飾りをつけ、特別に楽しい時間を過ごしました。そのころの私は、クリスマスが神の愛と深いつながりがあるのだと、聞いたことはありませんでした。
 初めてクリスマスの本当の意味について聞いたのは、小学4年生の時でした。日曜日も友達と遊べる場所があることがうれしくて、教会に通うようになりました。
 ある日曜日、友達と私は礼拝中にも関わらず、いすの間にかくれておしゃべりに夢中でした。だれにも見られていないだろうと思いながら、ふと顔をあげると、後ろの席から女の先生がじっと見ているではありませんか。「ぎょぎょぎょ!」私たちは、首をすくめましたが、先生はにこにこ笑っているだけでした。その時、「あれ、注意されるかと思ったのに。なんだかここは、ちょっと違うのかな。」と感じました。これが、私とキリストとの出会いだったのかもしれません。
 あれから何十年がたちました。今でも教会に行くと、新しい出会いや発見をすることがあります。
 今年も、クリスマスは教会でキャロルを歌いたいと思っています。(飯澤 直子)