学校生活

小学校だより

2018/12/4

第237号 2018年10月31日

秋を迎えて    校長 佐野 新生

 秋本番を迎え、朝晩はぐっと冷え込んできました。セントラルコートのハナミズキの葉はすっかり濃紅色となり、朝の日差しの中に美しく輝いています。ケヤキの葉も少しずつ枯れ落ち始め、校務職員の皆さんは今年も忙しい時期を迎えています。小学生の子どもたちの秋の装いもそれぞれに好ましく、制服がない我々の学校の魅力がしっかりと感じられている今日このごろです。

 今年の運動会は、肌寒い一日となりましたが、大勢の保護者の皆様にお越し頂きまして本当にありがとうございました。今回は天候に恵まれ、外での練習の機会も比較的たっぷりと得られたと思います。各学年のダンス、競技の練習、今年から組立体操に代わり始められた旗体操の練習などなど、子どもたちと共に体育科の教員も担任も気持ちを新たに頑張ってきました。安全への配慮、ルールを守って競技を行うこと、楽しそうな明るい表情で生き生きとダンスを楽しむことなどの指導に加え、目立たないことではありますが、入退場の際にきちんと元気に行進をすること、集合した際の自分の位置や場所が正しいかどうかいつも注意を払っていること、聖歌や第二校歌、運動会の歌、応援歌などの歌をしっかり歌うことの指導なども繰り返し行ってきました。スポーツにおける戦いは、ルールに基づく洗練された戦いでなければならず、相手との対立感情がエスカレートしすぎないようにということにも注意を払ってきました。相手がいてこそ競技が成立するのだという認識を持ち、お互いに敬意をもって競技に取り組む姿勢を大切にしていきたいと思います。徒競走の順位付けなどもできるだけ公正を期していましたが、教員の目で判断をしていますので、間違えることもある、という事もどうかご了承ください。お子さんの今後の成長にとって、競技において審判の判断に率直に従える心を育てておくことも大切なことですし、不満や後悔は今後の前向きな努力へのきっかけにして欲しいと考えています。
 5年生は田植え、稲刈り(収穫)を実際に体験する茨城県常陸太田市でのスタディツアーを無事に実施いたしました。今年は猛暑の夏でしたので、金砂郷の皆さんが子どもたちの米を守ってあげようと精一杯お力添えをしてくださり、その甲斐あって今年のお米はとても豊作だったようです。おいしい新米を給食でもたくさん頂くことが出来ました。しかしながら最近では全国的にご飯離れが深刻化しています。国民1人当たりの年間の米の消費量は年々減り続けていますが、先日のテレビでは、白米を残しがちの子どもに残さないよう厳しく言うとせっかくの楽しい食事の雰囲気が悪くなる、と、ご飯よりもパンやパスタなど子どもが喜んで食べるものを選びがちになっている母親が増えていることや、船橋市の市内27校の中学校では米を主食とするA給食とパンを主食とするB給食とを毎食選べるようにしていることも報じられていました。主食をしっかり食べるということは育ち盛りの子どもの食習慣として非常に重要だが、ごはんを残す子がとても多くなっていることからこのような対応を行っているそうです。本校の子どもたちには、農家の方々の様々な知恵や努力によってお米が作られていることを実感し、米作りという長年にわたって洗練されてきた日本の主食文化への理解を深め、おいしいお米をおいしいと感じられる感性も大切にして欲しいと思います。

 学院創立141周年の記念礼拝、マーガレット祭も無事に終えることができました。小学校はいよいよ入学試験を迎えます。期間中の過ごし方について、保護者の皆様にも十分ご理解を頂いておりますが、寒暖の差も激しく風邪も引きやすい時期ですので、どうか生活リズムが崩れないよう、健康で有意義な過ごし方を工夫してください。

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≪5年生スタディツアー 茨城県金砂郷 5A・9/19~20 5B・9/20~21≫
 春に田植えの体験をした茨城県金砂郷に、今回は稲刈りに行きました。金砂の方々はいつもと変わらない優しい笑顔で、私たちを迎えてくださいました。景色は春とは一変し、黄金色の稲穂が風に揺れています。隣の畑一面に咲く、白いそばの花。あぜ道には真っ赤なヒガンバナ。足元からカエルの鳴き声がきこえます。子どもたちは口々に「やっぱり、ここ金砂が好き。」と言っていました。稲刈り体験を通して、進んで自分にできることを探すこと、感謝することなどを学ぶことができ「本当に楽しかった」と帰ってきました。(飯澤)
~子どもたちの作文より~
・「ふうーっ」汗が涙のように落ちてくる。「勢いよく、かまで一気にかるだ。」と習い、恐る恐るかまを握り思いきってガサッ。「何、この感覚。気持ちいい。」初めての体験だった。
・最初に「おだがけ」をした。おだ木に稲の束をかけていく。稲の束を持ってみる。お。も。い。思ったより重かった。それをおだ木にかけるのはもっと大変だった。なぜなら、おだ木は私の肩くらいの高さだったから。
・足が泥から抜けなくなって困っていると「刈ったあとに、残っている稲の頭を踏むといいよ。」とおばさまが教えてくださいました。私はスタディツアーで優しくしてくれたおばさまみたいな人になりたいな、と思いました。
・稲刈りは田植えと違いする事がたくさんあって、その上一つ一つが難しかったです。特にかまで稲を刈るのが難しいと思っていたら、「上手だね。やったことあるの。」と言われ、うれしくて手首が痛くなるほどたくさんしました。
・もう、夢中になって、もくもくとたくさんの稲を刈り取っていきました。普段何気なく食べているお米が八十八の手間がかかるというように、農家の方が稲を刈る最後の最後まで苦労をしていることがわかりました。

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≪6年生スタディツアー 宮城県南三陸 6A・9/10~12 6B・9/13~15≫
 集大成ともいえるこの2泊3日の旅は、6年生にとって大きな意味をもつ行事です。まず訪れたのは石巻市の旧大川小学校。震災の爪跡を残すこの地に立ち、子どもたちはとても大きな衝撃を受けたようでした。ここでご家族を亡くされた只野英昭さんと、石巻市の語り部高橋正子さんが熱く当時の様子を語ってくださいました。津波の威力や恐ろしさを実感し、犠牲になった方々への祈りを捧げました。南三陸町では、当時、気仙沼で消防隊長として災害救出の陣頭指揮をされた佐藤征悦さんにお話をしていただきました。佐藤さんの復興への熱い思いに触れ、私たちがパワーを頂いたように感じました。
 翌日は南三陸の産業や豊かな自然に触れる体験をしました。朝一番で卸売市場を訪れ、競りを見学。専門用語が飛び交う活気に溢れた様子を、子どもたちは熱心に見学していました。ウミネコがゆったりと飛ぶ歌津泊浜漁港は、大震災の被害を受けたとは思えないほど穏やかでした。美しい景色を眺めながら磯の香りのするホヤをいただき、漁船に乗り……。学びと自然を満喫するひと時となりました。農家の阿部博之さんの果樹園と農場では、りんごやプルーン、枝豆の収穫・選定・袋詰めのお手伝いをさせていただきましたが、子どもたちにとって何より嬉しかったのは、もぎたての果物をその場でほおばったこと。阿部さんの温かい人柄や、瑞々しく甘い果物は東京では味わえない格別な味となって心に残ったようです。
 最終日は、特別養護老人ホーム「あらと」へ訪れ、歌をお届けしたり、一緒にゲームを楽しんだりしました。童心に返ってゲームに興じるお年寄りとの交流は、南三陸でのたくさんの方々との温かい出会いを締めくくるものとして、子どもたちの心に深く刻まれました。
 南三陸の豊かな自然、この学びを支えてくださった温かい方々との出会い、そして東日本大震災の復興への願い―。このスタディツアーを通して、子どもたちは多くのことを感じ、考え、学ぶことができました。(高橋)

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≪小さなコンサート≫
 9月28日(金)、聖マリア礼拝堂で「小さなコンサート」をおこないました。今年は「歌の世界へようこそ!」と題し、メゾソプラノ田辺いづみさん、テノール勝又晃さん、ピアノ伴奏五味こずえさんをお招きし、様々なジャンルの歌曲を聴かせていただきました。朗々と歌い上げたり、美しい高音を響かせたり、艶やかに歌ったり、おどけて歌ったり……チャペルに響き渡る豊かな歌声に、すっかり魅了された子どもたちでした。(音楽科 上川)
~子どもたちの日記より~
・歌を聞いている間、花につつまれたようにしあわせな気持ちでした。
・わたしがいちばんすてきなうただなあ、とおもったのは、アヴェ・マリアです。なぜかというと、そのうたをきいたとき、こころがとてもやさしくなったきがしたからです。
・一ばんすきだったのが、オペラのハバネラでした。ほり口先生がぶたいにつれていかれたので、わらってしまいました。金曜日は一日中だれかがわたしのあたまのなかで、ハバネラの歌を歌っているようでした。

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≪色鉛筆≫
 初めて一人で海外旅行をしたのは、大学一年生の春休みだった。母の高校の時の同級生が暮らすニュージーランド(NZ)でホームステイをした時のことだ。
 幼い頃から英語が好きで、テープが擦り切れるほど英語の歌を歌ったり、Mary PoppinsやPaddingtonの映画を繰り返し観て覚えた台詞を言ったり、日本語とは違う「音」が好きで、夢中で真似をしていた。中高でも、教科書用のCDを何度も聞いて声に出して読み、受験のために構文もたくさんの例文を読んで覚えた。
 ただ、覚えることはできても、話すことへの自信は全くなかった。廊下ですれ違うネイティヴの先生にも、“Hi!”としか言えず、いざ話すとなると、頭の中で一生懸命組み立てた構文を、忘れないように頭の中で反芻していた。
 姉の友人が海外から遊びに来て、一緒にテーマパークに行った時。「萌、〇〇はどこにあるの?」と聞かれても、“Maybe over there….”と、ご愛嬌で「あはっ」と笑うことしかできなかった。
 そんな私が話すことを楽しいと思えたのは、NZに行ってから。なんと、スーツケースの鍵を日本に置き忘れてきてしまった私は、開かないスーツケースの話をホストファミリーにすることで、話すことへの恥ずかしさの壁を取り払うことができた。鍵を忘れたことが、話すことができる鍵となった。そうだ、今度会ったらその時のことを聞いてみよう。きっと思い出話に花が咲く。(中村萌)

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