学校生活

小学校だより

2018/3/21

第228号 2018年3月1日

≪ドッジボール大会
 2月1日(木)の午後、4~6年生によるドッジボール大会を「総合体育館2014」のメインアリーナで実施しました。ドッジボール大会に向けての本格的な練習は、3学期に入ってから行います。各クラスが赤・白の2チームに分かれ、キャプテンを決定し、そのキャプテンを中心に自分たちの作戦を考えて練習・試合をしていきます。今年は、積雪の影響でグラウンドを使用できる日が少なかったのですが、体育の授業、休み時間、担任の授業等で実戦を積み大会に臨みました。
 今年から大会の進め方を変更しました。負けたら終わりのトーナメント方式から、12チームを4グループに分け、1グループ3チームによるリーグ戦を行いました。これにより最低でも1チーム2試合することができ、試合数が増えました。そして、そこのグループを勝ち抜いたチームによる決勝トーナメント。
 結果的に、6年生4チームが決勝トーナメントに進出しました。準決勝・決勝戦では6年生同士の戦いということもあり、見応えある一進一退の攻防が続く中で、見事に6年A組の白が優勝を収めました。
 どのチームも最後まで諦めずに精一杯戦い、一生懸命にクラスや仲間を応援する姿がとても印象的でした。4・5年生はこの経験を来年につなげて欲しいと思います。(体育科 草苅)
(成績発表)
優勝・・・6年A組 白  準優勝・・・6年B組 赤  第3位・・・6年A組 赤、6年B組 白 


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ≪6年生社会科 租税教育~税のスペシャリストをお招きして~
 6年生の社会科では、国の税金の働きについて学習します。昨年度に引き続き、お二人の税理士の先生をゲストティーチャーとしてお迎えしました。
 「税金って何だろう?」「どうやって集めるの?」「何に使われているの?」「もし税金がなくなったら?」等々、子どもたちの素朴な疑問について、分かりやすく税の仕組みを教えてくださいました。チームに分かれて税金の配分を考える『国づくり』のワークショップや映像資料を通して、税について楽しく学ぶことができました。これまで遠い存在だった『税』を、日々の暮らしを支える大切なものとして、身近に感じられたようです。また、本校の卒業生でもいらっしゃる先生方からは、税の話だけではなく、ご自身の経験や経歴を交えながら、女性が働くことや生き方についてもお話をいただき、多くの刺激を受けました。自分の将来を思い描く、よいきっかけとなったことでしょう。(社会科 土谷)
(感想)
・決まっているお金の中から本当に必要なものだけを選び出すのが、とても大変だと思いました。
・健康な人と、たくさん病気にかかっている人では、医療費の額がちがって不公平ではないかと疑問に思いました。しかし、国民の支え合いのために税金がある、ということを聞いて納得しました。
・税のことや女性の生き方などに興味をもったので、調べてみたいと思いました。また、税理士の仕事内容にも興味をもちました。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪3年生社会科見学~江戸東京たてもの園~

 3年生は、小金井公園内にある江戸東京たてもの園へ、社会科見学に行ってきました。江戸東京たてもの園は、東京にあった文化的に価値の高い建物が展示してあり、昔の暮らしを体験することができる施設です。
 まずは、かやぶき屋根の農家に入り、石臼挽きと火鉢体験を行いました。石臼体験では、2合のお米を挽き粉にする体験を行いました。米を穴から注ぎ、ゴトゴトと9人で交代しながら石臼を回すと、さらさらとした白い粉が少しずつこぼれ落ちてきます。挽くたびに粗さが取れ、粒の細かさが見た目にもはっきりと分かりました。30分ほど挽いて、やっと団子数個分つくれる程度の少量の粉ができあがりました。最後に石臼が約30kgもあるということと、昔はこの仕事を子どもたちが担っていたことを聞き、驚きとともに昔の暮らしの大変さと現代の便利さを体感することができました。
 火鉢体験では、囲炉裏を囲んだ後、火鉢で暖を取りました。昔の道具の名前や炭の扱い方を学びながら、物を大切にして無駄なものを減らす昔の人の知恵や工夫も知ることができました。
 お弁当の後は、昔の建物や町並みを自由に見学しました。お天気にも恵まれ、たくさんの発見ができた社会科見学になりました。(吉川)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪さよなら・・・ウィル

 ウィルが天国へ旅立ちました。2月6日のことでした。
2011年、東日本大震災による福島第一原発の事故。復興支援活動の中で、「立教女学院小学校だからこそできる支援は何か。」と考え、福島県飯野町の動物シェルターからウィルを迎えたのが2011年の12。粉雪が舞う寒い日でした。
 人懐っこく愛嬌のあるウィルはたちまち子どもたちの人気者になっていきました。突然の四肢麻痺によって生死の淵を彷徨い、難しい手術を受け、懸命のリハビリによって、また歩けるように復活するなど、波乱万丈の一生を送りました。その後は、リハビリを続けながら登校、福島にも里帰りし、幼稚園の子どもたちとの触れ合いを続けるなど、初代のバディ亡き後、学校犬としても活躍してくれました。震災から6年、7年と月日が流れても、立教女学院小学校が自然に、当たり前のように、福島の子どもたちのことを忘れないでいられたのは、ウィルの存在が大きかったのだと感じています。 (吉田)
  • よくある質問
  • お問い合わせ
  • 交通アクセス
  • サイトマップ
  • リンク集
  • このサイトのご利用にあたって/個人情報の取扱いについて