学校生活

小学校だより

2017/7/7

第218号 2017年5月31日

「感」と「知」   校長  佐野 新生

5年生のスタディツアーも無事に終わり、地元の方々のお支えにより、田植えや茶摘みを経験し、自生の真竹を用いた竹飯ごう飯も楽しませて頂きました。ほんのひとときの間でしたが、自然豊かな場所で過ごすことで、気分はすっとさわやかになり、新たな意欲も取り戻せたように思えます。帰校後、金砂郷で学んだことをポスターにし、1階の水槽前に掲示しています。単に、ある地域の自然や産業に関する知識や情報が増えたというだけでなく、体験したことで生まれる喜びが感じられ、こういう体験が小学生の時期には本当に大切なのだ、と、改めて実感しています。

先日、親子のコミュニケーションに関する教養講座を聞きました。英国で心理士(citizen counsellor)として高い評価を得、帰国後は私学のスクールカウンセラーや大学の講師も担当しておられる前田節子さんのお話でした。言語技能、思春期問題、夫婦関係の改善、など様々な方面の専門性を有しておられ、興味深いお話をしてくださいました。一部を紹介します。

●「問題を抱えている」という状況は誰にでもあることなのに、日本では「問題を抱えている=問題のある子」として固定されて見られがち。
●家族の中の問題は一番弱いところに出てくる。えてしてそのしわ寄せは子どもに出てきたりする。
●子どもが安定するためには、それぞれの家庭でハウスルールをいくつか予めさだめておくことが有効。
●きちんとしたハウスルールがあれば、禁止理由を述べなくても、シンプルなやり取りで済む。「何でわからないの」「どうしてそんなことをするの」「何回言ったら分かるの」という声かけは避ける。

一番感銘を受けたのは、「感」の言葉と「知」の言葉の使い分けです。コミュニケーションの基本は問いかけと応答だが、言葉には 知識・情報・理由 など「知」に属する言葉と、感情・直感・感覚・好き嫌い など「感」に属する言葉の二種類があり、相手の問いかけが「知」に属する言葉か「感」に属する言葉かを見極め、「知」で送られたら「知」で、「感」が送られたら「感」でキャッチすることが大切だと言うことです。例えばラーメン屋さんで「おいしいねえ」と発せられた「感」のことばに対し、「2号店は荻窪にできる」というような「知」で返すと、相手は自分の気持ちを受け取ってもらえなかった、と不満が残るのだそうです。子どもが発した「感」の言葉に対して「知」の言葉で返すと、100点を取らないから愛してもらえない、と条件付きの愛に誤解されることにもつながる、ということです。
ここでは十分報告できませんが、ご興味のある方は、どうぞ先生の著作などをご参照ください。

梅雨が明けると猛暑の夏が到来するとの長期予報が出ております。学校ではお子さんの体調に留意しながら毎日を過ごして参りますので、ご家庭でも、元気に学校生活を楽しめるよう、服装への配慮、ハンカチの持参に加え、十分な睡眠や栄養を摂ることにも心がけてくださいますようお願いいたします。

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≪春のスタディーツアー 5A(5/10~11) 5B(5/11~12)≫

5年生にとっては2度目となる、茨城県常陸太田市金砂郷でのスタディツアー。今年も、子どもたちのために大きなこいのぼりをあげて、たくさんの準備をしながら迎えてくださいました。耳を澄ますと、鳥のさえずりや蛙の鳴き声が静かな里山に響き渡っています。田植えを初めて体験する子も多く、「転んでしまったらどうすればいいんだろう。」「虫がたくさんいてちょっといやだなぁ。」「田んぼの中はどんな感じなんだろう。」という不安な気持ちを抱えながら田植えに向かいました。田んぼに最初の一歩を踏み入れるのをためらっていた子どもも、いつの間にか友達と楽しそうに、次から次に夢中で苗を植えていきました。「あ!もう苗がなくなっちゃった!苗くださーい!」「あいよー!いくぞぉ!1、2の3!」という地元の方々とのやりとりとともに、子どもたちの嬉しそうなはしゃぎ声が大自然の中で響きます。気がつけばみんな全身泥だらけ。「上手だねえ~。」と励ましてくださる声に、みんなますます張り切って苗を植えていきました。田植えが終わると、川の清掃活動。最後には川に飛び込み、全身ずぶ濡れになりながら遊んでいる姿を、地元の方々が優しい眼差しで見守ってくださっていました。

二日目は茶摘み体験。小高い丘の上から金砂郷を見下ろすと、青空のもとで日本の原風景ともいえる、美しく穏やかな里山の風景が広がっていました。気持ちよくて思わず「やっほー!」と叫んでみた1人の子どもからはじまった山びこ合戦。新緑が鮮やかな茶畑のなかで、自然を体全体で感じながら楽しむことができました。

東京に帰る前に、「お土産にどうぞ。」と子どもたちのリクエストに応じて貯金箱や足ふみを竹で作ってくださったり、地元の方が心をこめて竹飯ごうを作ってくださったり……。見えないところで、たくさんの準備をしてくださった金砂郷の方々のやさしさと里山の自然に包まれて、子どもたちの心もまたひとつ成長したように感じました。(5年 尾亦)

【作文より】
☆「ゲロゲロゲロゲロ」とカエルの声が聞こえました。カエルの声を聞いて、落ち着きました。どんどんやっていたら、地元のおじいさんに「上手だね。田んぼやっているの?」と言われて、とってもうれしくなり、元気になりました。
☆毎日田植えをしていると、腰が痛くなりそうだけど、楽しいだろうなぁと思いました。金砂に住みたくなりました。
☆みんながちがう田んぼにいった後、農家の人たちがまっすぐ植えなおしているのをみて、やっぱり農家の方々はすごいなぁと思いました。
☆これからは、お米をいただくとき、田植えの大変さを思い出し、一粒一粒大切にかみしめたいと思います。私も農家の方々のように、人のために自分の力や時間を使える縁の下の力持ちになりたいです。

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カシモドあるいはカジモドという名前  チャプレン  大森 明彦

小学生の時に『ノートルダムのせむし男』を読で、カシモドという名前が記憶に残りました。「不思議な名前だなぁ」と思ったのでしょう。ヴィクトル・ユーゴーの『ノートルダム・ド・パリ』が岩波文庫に入り、劇団四季の『ノートルダムの鐘』の公演が始まり話題を呼んでいます。

さてカシモドですが、大学でラテン語を学び始めた時、この言葉が「まるでのように」という意味であることを知りました。その時に、いくら背中に障がいがあるとはいえ、「人間もどき」はひど過ぎると思いました。やがて神学生になって教会の暦を学ぶうちに、イースターの次の日曜日が「まるで生まれたばかりの赤ちゃんのように(ペトロの手紙一2章2節)」と呼ばれてきたことを知り、その日にノートルダム大聖堂の前に捨てられていた赤ちゃんだから、カシモドという名前を与えられたことを理解しました。カシモドという名前には復活の恵みがこの赤ちゃんにあるようにという祈りが込められています。

 

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