学校生活

小学校だより

2018/12/4

第237号 2018年10月31日

秋を迎えて    校長 佐野 新生

 秋本番を迎え、朝晩はぐっと冷え込んできました。セントラルコートのハナミズキの葉はすっかり濃紅色となり、朝の日差しの中に美しく輝いています。ケヤキの葉も少しずつ枯れ落ち始め、校務職員の皆さんは今年も忙しい時期を迎えています。小学生の子どもたちの秋の装いもそれぞれに好ましく、制服がない我々の学校の魅力がしっかりと感じられている今日このごろです。

 今年の運動会は、肌寒い一日となりましたが、大勢の保護者の皆様にお越し頂きまして本当にありがとうございました。今回は天候に恵まれ、外での練習の機会も比較的たっぷりと得られたと思います。各学年のダンス、競技の練習、今年から組立体操に代わり始められた旗体操の練習などなど、子どもたちと共に体育科の教員も担任も気持ちを新たに頑張ってきました。安全への配慮、ルールを守って競技を行うこと、楽しそうな明るい表情で生き生きとダンスを楽しむことなどの指導に加え、目立たないことではありますが、入退場の際にきちんと元気に行進をすること、集合した際の自分の位置や場所が正しいかどうかいつも注意を払っていること、聖歌や第二校歌、運動会の歌、応援歌などの歌をしっかり歌うことの指導なども繰り返し行ってきました。スポーツにおける戦いは、ルールに基づく洗練された戦いでなければならず、相手との対立感情がエスカレートしすぎないようにということにも注意を払ってきました。相手がいてこそ競技が成立するのだという認識を持ち、お互いに敬意をもって競技に取り組む姿勢を大切にしていきたいと思います。徒競走の順位付けなどもできるだけ公正を期していましたが、教員の目で判断をしていますので、間違えることもある、という事もどうかご了承ください。お子さんの今後の成長にとって、競技において審判の判断に率直に従える心を育てておくことも大切なことですし、不満や後悔は今後の前向きな努力へのきっかけにして欲しいと考えています。
 5年生は田植え、稲刈り(収穫)を実際に体験する茨城県常陸太田市でのスタディツアーを無事に実施いたしました。今年は猛暑の夏でしたので、金砂郷の皆さんが子どもたちの米を守ってあげようと精一杯お力添えをしてくださり、その甲斐あって今年のお米はとても豊作だったようです。おいしい新米を給食でもたくさん頂くことが出来ました。しかしながら最近では全国的にご飯離れが深刻化しています。国民1人当たりの年間の米の消費量は年々減り続けていますが、先日のテレビでは、白米を残しがちの子どもに残さないよう厳しく言うとせっかくの楽しい食事の雰囲気が悪くなる、と、ご飯よりもパンやパスタなど子どもが喜んで食べるものを選びがちになっている母親が増えていることや、船橋市の市内27校の中学校では米を主食とするA給食とパンを主食とするB給食とを毎食選べるようにしていることも報じられていました。主食をしっかり食べるということは育ち盛りの子どもの食習慣として非常に重要だが、ごはんを残す子がとても多くなっていることからこのような対応を行っているそうです。本校の子どもたちには、農家の方々の様々な知恵や努力によってお米が作られていることを実感し、米作りという長年にわたって洗練されてきた日本の主食文化への理解を深め、おいしいお米をおいしいと感じられる感性も大切にして欲しいと思います。

 学院創立141周年の記念礼拝、マーガレット祭も無事に終えることができました。小学校はいよいよ入学試験を迎えます。期間中の過ごし方について、保護者の皆様にも十分ご理解を頂いておりますが、寒暖の差も激しく風邪も引きやすい時期ですので、どうか生活リズムが崩れないよう、健康で有意義な過ごし方を工夫してください。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪5年生スタディツアー 茨城県金砂郷 5A・9/19~20 5B・9/20~21≫
 春に田植えの体験をした茨城県金砂郷に、今回は稲刈りに行きました。金砂の方々はいつもと変わらない優しい笑顔で、私たちを迎えてくださいました。景色は春とは一変し、黄金色の稲穂が風に揺れています。隣の畑一面に咲く、白いそばの花。あぜ道には真っ赤なヒガンバナ。足元からカエルの鳴き声がきこえます。子どもたちは口々に「やっぱり、ここ金砂が好き。」と言っていました。稲刈り体験を通して、進んで自分にできることを探すこと、感謝することなどを学ぶことができ「本当に楽しかった」と帰ってきました。(飯澤)
~子どもたちの作文より~
・「ふうーっ」汗が涙のように落ちてくる。「勢いよく、かまで一気にかるだ。」と習い、恐る恐るかまを握り思いきってガサッ。「何、この感覚。気持ちいい。」初めての体験だった。
・最初に「おだがけ」をした。おだ木に稲の束をかけていく。稲の束を持ってみる。お。も。い。思ったより重かった。それをおだ木にかけるのはもっと大変だった。なぜなら、おだ木は私の肩くらいの高さだったから。
・足が泥から抜けなくなって困っていると「刈ったあとに、残っている稲の頭を踏むといいよ。」とおばさまが教えてくださいました。私はスタディツアーで優しくしてくれたおばさまみたいな人になりたいな、と思いました。
・稲刈りは田植えと違いする事がたくさんあって、その上一つ一つが難しかったです。特にかまで稲を刈るのが難しいと思っていたら、「上手だね。やったことあるの。」と言われ、うれしくて手首が痛くなるほどたくさんしました。
・もう、夢中になって、もくもくとたくさんの稲を刈り取っていきました。普段何気なく食べているお米が八十八の手間がかかるというように、農家の方が稲を刈る最後の最後まで苦労をしていることがわかりました。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪6年生スタディツアー 宮城県南三陸 6A・9/10~12 6B・9/13~15≫
 集大成ともいえるこの2泊3日の旅は、6年生にとって大きな意味をもつ行事です。まず訪れたのは石巻市の旧大川小学校。震災の爪跡を残すこの地に立ち、子どもたちはとても大きな衝撃を受けたようでした。ここでご家族を亡くされた只野英昭さんと、石巻市の語り部高橋正子さんが熱く当時の様子を語ってくださいました。津波の威力や恐ろしさを実感し、犠牲になった方々への祈りを捧げました。南三陸町では、当時、気仙沼で消防隊長として災害救出の陣頭指揮をされた佐藤征悦さんにお話をしていただきました。佐藤さんの復興への熱い思いに触れ、私たちがパワーを頂いたように感じました。
 翌日は南三陸の産業や豊かな自然に触れる体験をしました。朝一番で卸売市場を訪れ、競りを見学。専門用語が飛び交う活気に溢れた様子を、子どもたちは熱心に見学していました。ウミネコがゆったりと飛ぶ歌津泊浜漁港は、大震災の被害を受けたとは思えないほど穏やかでした。美しい景色を眺めながら磯の香りのするホヤをいただき、漁船に乗り……。学びと自然を満喫するひと時となりました。農家の阿部博之さんの果樹園と農場では、りんごやプルーン、枝豆の収穫・選定・袋詰めのお手伝いをさせていただきましたが、子どもたちにとって何より嬉しかったのは、もぎたての果物をその場でほおばったこと。阿部さんの温かい人柄や、瑞々しく甘い果物は東京では味わえない格別な味となって心に残ったようです。
 最終日は、特別養護老人ホーム「あらと」へ訪れ、歌をお届けしたり、一緒にゲームを楽しんだりしました。童心に返ってゲームに興じるお年寄りとの交流は、南三陸でのたくさんの方々との温かい出会いを締めくくるものとして、子どもたちの心に深く刻まれました。
 南三陸の豊かな自然、この学びを支えてくださった温かい方々との出会い、そして東日本大震災の復興への願い―。このスタディツアーを通して、子どもたちは多くのことを感じ、考え、学ぶことができました。(高橋)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪小さなコンサート≫
 9月28日(金)、聖マリア礼拝堂で「小さなコンサート」をおこないました。今年は「歌の世界へようこそ!」と題し、メゾソプラノ田辺いづみさん、テノール勝又晃さん、ピアノ伴奏五味こずえさんをお招きし、様々なジャンルの歌曲を聴かせていただきました。朗々と歌い上げたり、美しい高音を響かせたり、艶やかに歌ったり、おどけて歌ったり……チャペルに響き渡る豊かな歌声に、すっかり魅了された子どもたちでした。(音楽科 上川)
~子どもたちの日記より~
・歌を聞いている間、花につつまれたようにしあわせな気持ちでした。
・わたしがいちばんすてきなうただなあ、とおもったのは、アヴェ・マリアです。なぜかというと、そのうたをきいたとき、こころがとてもやさしくなったきがしたからです。
・一ばんすきだったのが、オペラのハバネラでした。ほり口先生がぶたいにつれていかれたので、わらってしまいました。金曜日は一日中だれかがわたしのあたまのなかで、ハバネラの歌を歌っているようでした。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪色鉛筆≫
 初めて一人で海外旅行をしたのは、大学一年生の春休みだった。母の高校の時の同級生が暮らすニュージーランド(NZ)でホームステイをした時のことだ。
 幼い頃から英語が好きで、テープが擦り切れるほど英語の歌を歌ったり、Mary PoppinsやPaddingtonの映画を繰り返し観て覚えた台詞を言ったり、日本語とは違う「音」が好きで、夢中で真似をしていた。中高でも、教科書用のCDを何度も聞いて声に出して読み、受験のために構文もたくさんの例文を読んで覚えた。
 ただ、覚えることはできても、話すことへの自信は全くなかった。廊下ですれ違うネイティヴの先生にも、“Hi!”としか言えず、いざ話すとなると、頭の中で一生懸命組み立てた構文を、忘れないように頭の中で反芻していた。
 姉の友人が海外から遊びに来て、一緒にテーマパークに行った時。「萌、〇〇はどこにあるの?」と聞かれても、“Maybe over there….”と、ご愛嬌で「あはっ」と笑うことしかできなかった。
 そんな私が話すことを楽しいと思えたのは、NZに行ってから。なんと、スーツケースの鍵を日本に置き忘れてきてしまった私は、開かないスーツケースの話をホストファミリーにすることで、話すことへの恥ずかしさの壁を取り払うことができた。鍵を忘れたことが、話すことができる鍵となった。そうだ、今度会ったらその時のことを聞いてみよう。きっと思い出話に花が咲く。(中村萌)

2018/11/28

第236号 2018年9月28日

正義の女神が微笑むように    教頭 吉田 太郎

 最高裁判所が建築されたのは1974年。設計者は茨城県水戸市出身の岡田新一(1928-2014)で、最高裁判所の他、警視庁本部庁舎の設計でも知られている日本を代表する建築家です。設計に2年あまりの歳月をかけ、1971年に着工。外壁に分厚い直方体の花崗岩(茨城県産の稲田石)を贅沢に積み上げた工法で、総工費126億円という巨大プロジェクトとなりました。誰が見ても威風堂々、権威と畏れさえも感じさせる昭和を代表するモダニズム建築です。
 そびえたつようなファサードから花崗岩に囲まれた石畳を歩き、入り口を入った大ホールの両側には、それぞれブロンズ像が置かれています。一つはギリシャ神話のテミスに由来する「正義の女神(Lady Justice)」の像で、右手に正と邪を断ずる剣を高く掲げ、左手には衡平(こうへい)を表す秤を持っています。剣は「力」を、天秤は正邪を測る「正義」を象徴しており、「剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力」として、法の根本を説いています。興味深いのは、この正義の女神は目を閉じているか、目隠しをしているものが一般的で、彼女が裁きの時、自分の前に立つ人を見ないことを意味しており、法とは貧富や権力の有無によらず、万人に等しく適用されるという「法の下の平等」という理念をあらわしているということでした。(諸説、逆説もあり)。最高裁判所の正義の女神像は目隠しではなく、静かに目を閉じているとのことですが、よく目を凝らして見てみると、ちょっとだけ薄目を開けているようにも見えます。天秤の上の正義や衡平が危ういときには、女神が刮目(かつもく)してバッサリ斬ってしまうつもりなのでしょうか。
 石の回廊を歩いていくと、荘厳な静けさの中にふっと、やわらかなものを感じることができます。ごつごつとした花崗岩や直線的な壁面に対して、半円形の天井からはおだやかな光が注いでいるからでしょうか。石の階段にあしらわれた円形のアプローチや、ホール奥にそびえるレリーフは、空高く伸びる大樹を表現しています。建築家の岡田新一は最高裁判所を「石の森」として設計しました。「究極の裁判とは森を切り開いた白日の下で行われる。」というヨーロッパの故事にならいデザインしたということでした。
 そして、圧巻は大法廷です。天井から直径14m、高さ41mの吹き抜けが、光の筒として太陽の光を最後の審判が下される法廷に注いでいます。のちに岡田は「人が人を裁く空間には神聖なものが必要だと考えた」と設計の意図を説明しています。どんなに優れた法律家であっても、人間である以上、究極の裁きの時には神なる存在の力によらなければならない。ということだと私は解釈しています。
 ヨハネ福音書には「真理はあなたたちを自由にする。(8章32節)」という聖句があります。イエスがユダヤ人らに対して「わたしの言葉にとどまるならば、(中略)あなたたちは真理を知り」という言葉のあとに続くものなのですが、「とどまる」というのは言い換えれば「つながる」という意味になります。真理と自由はイエスにとどまり、神とつながることで与えられるということなのです。
 世間では連日のように、日大アメフト部やボクシング協会、体操協会、さらには日本相撲協会など、不正や不当な圧力が疑われるといった、天秤が大きく傾くような事件が立て続けに報道されています。いずれも一部の恥知らずな権力者たちが、密室で自分たちの都合のよいように我田引水しているように見受けられます。お日様の降り注ぐ森で最後の審判が下されるとき、正義の女神に微笑んでもらえるように、いや、愛する子どもたちが微笑んでくれるように、私たちは神さまとつながることでこそ、真理と自由を享受できることを忘れないようにと、祈ります。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

【伝統文化】

≪東京手描友禅 ~4年~≫
 わぁ。色が広がってる。」筆先からすっとさした色鮮やかな染料が絹の布に広がる様子に、驚きと感動の声が聞こえます。4年生が東京の伝統工芸の一つである、東京手描友禅の体験をしたときのことです。
 体験は、いくつもある行程の中の、絹の布に染料をさす「友禅さし」という作業でした。今回の図柄は、江戸時代に作られた着物からおこされた、雲、菊、芝、アザミ、ぜんまいが描かれたもので、教室内はあっという間に色鮮やかに彩られた花々で埋め尽くされていきました。
 途中、慣れない作業に、「色がはみ出しちゃった…」「手が疲れた…」という声も聞こえてきましたが、それも一瞬のことで、「その色いいね!」「どうやってやるの?」などと話しながら、黙々と作業を進めていました。
 最後に、伝統工芸士になるために何年もの修行を重ねられたことや、一つの作品を仕上げるために何ヶ月もかかるものもあること、着物といった日本の伝統を守っていくためにまずは「知ってもらうこと」を大切にしている、といった貴重なお話を伺うことができました。いつか着物に袖を通すときに、今回の体験を思い出してもらえると嬉しいです。(中村)

≪落語 ~3年読書~≫
 今年も3年読書の授業で桂米多朗(かつらよねたろう)師匠(真打)にお越しいただくことができました!!
 今回は文化庁の助成事業で3日間の実施。昨年以上に落語の面白さに笑い転げる3年生。ワークショップの部分が増え、全員が太鼓を叩いたり、扇子を使っての仕草(そば・うどんを食べる、お酒を飲む、小さい刀・大きい刀の抜き方等)を教えていただいたり、代表者が落語を実演してみたりと、どっぷり落語に浸かる3日間でした。
 落語は話し方だけでなく仕草や表情などのコミュニケーションツールを多用します。近年では会社員で落語を学ぶ方が多いとのこと。子どもたちの心や表情が豊かになる機会なのではと期待しています。(読書 本宮)

≪狂言 ~6年~≫
 9月21日、6年生は杉並区和田にある杉並能楽堂に、狂言『柿山伏』『附子』の鑑賞に出かけました。この行事は、毎年6年生がこの時期に行っています。
 室町時代からの歴史がある狂言。ただ、古典芸能というと普段はあまり馴染みがなく、言葉もよくわかるだろうかと6年生は少し不安そうでした。しかし、百年以上の歴史ある能舞台の前に座ると、その伝統や佇まいに目を見張り、演者の方々の朗々とした台詞回しやきびきびとした動きを見て、舞台にひきつけられたようでした。子どもたち自身が狂言を体験するワークショップもあり、最後には、人間国宝の山本東次郎師(能楽狂言方大蔵流当主)のお話と舞がありました。「言霊(ことだま)といわれているように、言葉には魂がある。狂言は誰かに起こる特別なことではなく、人間誰しもが持つ弱さやおろかさを、おかしみをこめて温かく描いているもの。心の中で言葉を育て、魂をのせて相手にさしあげる。」といくつもの心にしみる言葉をいただきました。6年生にとって、楽しくも大変充実したひと時となりました。(高橋)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪第41回 私学水泳記録会≫
 9月9日(日)に明星学苑総合体育館プールをお借りして、第41回水泳記録会が行われました。当日は都内の私立小学校14校が集まり、男女合わせて165名の児童が参加しました。
 本校からは選考会を経て、5年生1名、6年生6名の計7名が出場。自己記録の更新を目指して一生懸命泳ぎました。結果としては、ほとんどの選手が選考会や練習時のタイムを上回る健闘を見せてくれました。大会新記録が4つも生まれ、また、他校の上手な選手の泳ぎを間近で見ることができ、大いに刺激を受けた1日になりました。(体育科 草苅)
☆3位までに入った選手たちです。おめでとうございます!
50m自由形 髙藤あのん 36秒07 2位/22人中

50m平泳ぎ 坂本昌哩杏 38秒00(大会新記録) 1位/19人中
50m平泳ぎ 安江菜桜 47秒50 2位/19人中
200mリレー 坂本 昌哩杏、髙畑翠、井上真緒、髙藤
あのん 2分31秒68 3位/10校中

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪6年生 小中高連携理科講座 ~3D映像のしくみ~≫
 通常は希望者を対象に長期休暇中に実施されますが、今回は理科の授業内で実施し、6年生全員が参加しました。高等学校の原口智先生に、左右の目から入ってきた別々の映像が、脳で1つに合わさるときに「立体」として認識されることを教えていただきました。「ステレオグラム」「アナグリフ」「立体プラネタリウム」等を体験した後、物理基礎を履修している高校2年生による宇宙のお話を聞きました。地球と月について授業で学習しているところですが、他の惑星や衛星について興味をもつきっかけになったようです。               (理科 亀山)
~児童の感想より~
・右目と左目で見ているものが少しちがうということに、大変おどろきました。
・高校生のお姉さんが面白く説明してくれたので、小学生の私たちでもわかりやすかった。
・地球は人が生きていくための条件が奇跡的にそろっていて、私が今ここにいるのも奇跡だということがおどろきだった。地球の住みやすさが改めてすごいと思った。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪退職者あいさつ≫ 杉山佳奈(体育科)
 10月に出産予定のために退職することになりました。3年間大変お世話になりました。特に体育の授業を通して、子どもたちと共に学ばせていただけたことをとても感謝しています。体育行事をはじめ、遠足やスタディツアー、社会科見学など各種行事にも引率をさせていただきました。授業とは違った子どもたちの学びの姿を近くで見られたことは、忘れられない思い出です。
 1度しかない人生。たくさんの人との出会いが待っているように、たくさんの遊びや運動、スポーツとの出会いも待っています。どうぞ様々な出会いを大切にしていってほしいと思います。3年間本当にありがとうございました。

≪新任者あいさつ≫ 山﨑紀子(やまざきのりこ)(体育科)
 9月より体育科専科として、一緒に学ぶことになりました。2年生、3年生を担当いたします。
 私は、身体を動かす喜びや楽しさを感じ、健康な身体をつくり、そして生涯にわたって何か好きな運動をひとつ見つけてほしいと願いながら授業をおこなっています。私自身、幼い頃よりダンスを通して、たくさんの楽しい時間を過ごしてきました。10月におこなわれる運動会の、皆さんのダンスがとても楽しみです。
 どうぞよろしくお願いいたします。

2018/9/28

第235号 2018年9月4日

盛夏の記憶より    教頭 吉田 太郎

 猛暑の夏が過ぎ、幾分過ごしやすい日がふえてきました。8月に台風がこんなにやってきたことも珍しいように、地球温暖化、異常気象、観測史上最大なんて言葉がよく聞かれた夏でした。また、中国、四国地方などの豪雨災害の甚大な被害には心が痛みます。

 さて、この夏の話題はなんといっても甲子園での秋田県代表、金足農業高等学校の大躍進でしょう。特に、常勝チームの大阪桐蔭は阪神タイガースの藤浪晋太郎選手など、多数のプロ野球選手を輩出する野球エリートが集まる私学。一方、金足農業は長い冬の間、雪で閉ざされたグラウンドで十分な練習ができないという不便さを負った県立高校。新聞やテレビも含めて日本中が彼らの熱戦に夢中になりました。100回を記念する大会ということもあり、往年の名選手たちによるレジェンド始球式、特にPL学園出身の桑田真澄選手の登場など、少年時代を思い出し胸躍らせました。
 しかしながら、実は私は高校野球、甲子園がどちらかと言うと苦手です。父親が京都の平安高校野球部出身で、広島カープで活躍した衣笠祥雄氏の一年後輩で同じキャッチャーというポジション。幼い頃から男子は野球をするのが当たり前。彼の世代は地区予選で敗れ、甲子園出場を逃したため、息子にその夢を託したいと言う無言の圧力のようなものを感じながら育ちました。小学生の頃は地域の少年野球チームに入り、友達と汗を流しましたが、期待に応えられそうになく、丸坊主にするのも嫌だったので中学で野球をやめてしまいました。野球をやめてからも、春夏の高校野球や熱闘甲子園などで特集されるサイドストーリーなどにはやはり惹かれるものを感じつつ、一方で少し引いた場所から高校野球、甲子園というものを見るようになっていきました。

 夏の甲子園大会は広島・長崎の原爆、終戦記念日と日程が重なるからでしょうか、プラカードを持って入場する球児たちの姿が、家族や母校、郷土の人たちの期待を一身に背負って歩む学徒出陣と重なって見えます。連投に次ぐ連投で肩を壊しながらも「投げさせてください」と監督に懇願する選手が特攻隊の出征と重なります。甲子園出場校50数校のうち、勝者はただ一校。残りの50校は悔し涙を流しながら、甲子園の土をかき集め、立ち上がり、涙を拭きながら持ち帰っていく姿が、敗戦で焦土と化した日本の復興をイメージさせます。戦後73年間。もしかしたら日本人は高校球児らに敗戦の記憶、そして国の再興のイメージを重ね合わせてきたのかもしれない。ちょっと飛躍しすぎかもしれませんが・・・・・・。そんなことを考えながら高校野球を観ていたら、スポーツとして楽しめなくなってしまい、とっても損した気持ちになってしまうのです。

 雨の日も風の日も、何年も何年も努力し、研鑽を積んできた球児たちの姿は紛れもなく尊いものですが、汗と涙の感動秘話として大人たちに消費されていくことには違和感を覚えてしまいます。東京オリンピック・パラリンピックも控えていますが、酷暑での開催が懸念される中、どうか選手ファーストを守ってもらいたいです。(何でもかんでも万歳ニッポン!ってのは、ちょっと……。)

 日本中が盛り上がった夏の甲子園なのに、あえて空気の読めない文章。決勝戦の直後、上空にかかった虹のように、感動だけじゃなく、いろんな価値観や考え方が許容される世界がやってくることを願っています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪オーストラリア国際交流プログラム報告≫
 2018年8月25日(土)~9月2日(日)までの9日間、12名の児童(6年生10名、5年生2名)らがオーストラリアでの国際交流プログラムに参加しました。立教女学院小学校においては構想10年以上という、念願のプログラムの実現でした!海外プログラムの実施にあたっては、どこの国が適しているか、ヨーロッパ、オセアニア、北アメリカ、アジア諸国など、すべての可能性を検討してきました。治安やテロ、時差の問題、宿泊先の問題などなど、クリアしなければならない課題は山積していました。Well Learning ProjectのなかでGlobalというチームが立ち上げられ、教員たちが粘り強く検討を重ね、ようやく実現まで漕ぎつけました。
 今回のプログラムはEmmanuel Anglican College(エマニュエル・アングリカン・カレッジ=以下EAC)との出会いによって、想像をはるかに上回る、素晴らしいものになったと感じています。創立20年という比較的、新しい学校であるEACはブリスベンから南に約200キロ。海や川の美しい田舎町にあります。EACの校長のMr. Robert Tobias先生は大の親日家でもあり、学校のコーディネーターの先生やホストファミリーを引き受けてくださった保護者や学校関係者の方々の素晴らしいホスピタリティに助けられました。そして何よりもAnglican Church(英国国教会、日本では聖公会)という、居心地の良さ、これからも友人として信頼関係を築いていくことが期待できるプログラムとなりました。
 Emmanuelとはイザヤ書に登場する預言者の名前で、ヘブライ語では「神われらと共にいます」という意味があります。学校を代表する12名の子どもたちが海を渡り、異国の地で立教女学院小学校の親善大使として大いなる学びの機会を得た9日間、まさに神さまが共にいてくださることを身近に感じる体験でした。(吉田)

 

 

 

*スクールバディの子の英語は早口で、何を言っているのかほとんどわかりませんでした。でも「日本語ではなんていうのかな」と、周りの友達に聞いて何とかわかるようにがんばってくれました。私のことを一番に考えてくれていることが伝わって幸せな気持ちになれました。
*EACの子たちと、休み時間に遊びました。英語がわからなくても、日本語とかジェスチャーを使って通じる ことがわかって自信が出てきました。話しかけるときは、すこし勇気がいるけれど、明日からもどんどん自分から話しかけていきたいと思います。
*ホストファミリーは、私たちがどうしたら楽しくなるのかを考えてくださって、スーパーで品物をさしながら「どれが食べたい?」と聞いてくれました。英語がわからなくても大丈夫なように考えてくれているのだなと思いました。ホストマザーの愛情が感じられる夕飯がとてもおいしかったです。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪聖歌隊キャンプ報告≫
 今年で20回目となる聖歌隊キャンプ。子どもたちの奉仕活動の様子を見に、キャンプに同行してきました。
 聖歌隊キャンプは、8月20日~21日の一泊二日で行われました。夏休み中の連日の猛暑とはうって変わって、軽井沢の涼しい風が吹く中で、気持ちよく歌を練習することができました。始めは「村まつり」や「みかんの花咲く丘」などに合わせて手遊びをしながら、体と心をほぐします。ウォームアップの後は、パートごとに歌ったり、一人ずつ歌ったりしてスキルを磨きながら、翌日、老人ホームで歌う曲をひたすら練習しました。上川先生から、歌詞の意味をよく考えて気持ちをこめて歌うようにアドバイスを受けると、子どもたちの歌声がガラリと変わり、歌の情景がよく伝わるようになりました。
 夕食後には翌日のリハーサルを行いました。みすず山荘の管理人さんや厨房のスタッフ、近隣にお住まいの方々が聴きにいらしてくださいました。少し緊張しながらも気持ちをこめて一生懸命歌うと、観客の皆様が「とても上手な歌声で感動しました!」とほめてくださいました。ただ、一生懸命なあまり、表情がかたくなってしまう子も多かったので、「明日の課題は、表情ですね!」と先生からアドバイスをもらいました。
 リハーサル後は、有志の子どもたちがそれぞれの特技を活かした個人発表会を行いました。マジック、劇、クイズ、ゲーム、ダンスなど、聖歌隊の仲間を楽しませる内容が盛りだくさんで、楽しいひとときを過ごすことができました。
 2日目は、榛名にある新生会の特別養護老人ホームの4つの施設で、奉唱会を行いました。それぞれの会場で、この奉唱会を楽しみにしてくださっている方々にお会いすることができました。その方々の気持ちに応えるかのように、とてもきれいなハーモニーを奏でながら歌うことができました。また、日本の昔ながらの歌を歌う際には、聖歌隊の子どもたちが利用者の方に寄り添い、手をとりあって歌いました。初めは少し緊張していた子どもたちも、実際に利用者の方々と言葉を交わすと、緊張がほぐれ、和やかな雰囲気になりました。訪問を通して、新生会の皆さまが暖かく迎え入れてくださったことや、心から喜んでくださった姿を見られたことが、子どもたちにとって何よりも大きな喜びとなったようでした。この出会いで得た喜びを忘れず、今後も聖歌隊としてご奉仕してくれることを願っています。(尾崎)

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

≪色鉛筆≫
 画面の細かい筆づかい、そういうディティールから感じられる「画家の手」の息吹なしに、本当に美術の楽しみに浸りきることはできません。また美術作品の「大きさ」そのものも、大切な美の要素です。本物の作品を鑑賞するために、夏休みにいろいろな美術館を訪れました。
 その中のひとつ、横須賀美術館で行われていた「三沢厚彦ANIMALS IN YOKOSUKA」展。クスノキから彫りだした動物シリーズ「ANIMALS」は、教科書や画集で知っている彫刻作品でした。しかし、様々な動物をほぼ原寸大で彫りだして彩色した作品は、教科書や画集で見たそれとは比べものにならないほど圧倒的な存在感をもって迫ってきました。クスノキのよい香りもしました。これは、本物の前に立たないと味わえないものです。この美術館の建物は、豊かな緑と目の前には東京湾が広がる恵まれた環境のなかにあります。建物の半分が地下に埋まっているにもかかわらず、館内には自然光があふれ、開放的な空間でゆったりとした時間を過ごせました。
 お気に入りの作品を見つけると、美術館は、より魅力的なものになります。そんな作品探しのために美術館を歩き回るのも、ひとつの楽しみ方です。これからも、いろいろな美術館を訪れ、本物の作品を鑑賞したいです。
(図工科 髙井清美)

  • よくある質問
  • お問い合わせ
  • 交通アクセス
  • サイトマップ
  • リンク集
  • このサイトのご利用にあたって/個人情報の取扱いについて