学校生活

小学校だより

2018/1/30

第226号 2018年1月9日

小川清先生の精神    校長  佐野 新生

 明けましておめでとうございます。あらたまの春を寿(ことほ)ぐことができました。厳しい寒気が東日本、西日本と交互に流れ込み、大雪などの被害も出ていましたが、東京は穏やかな天気に恵まれました。現在も困難を抱えておられる方々には心からお見舞いを申し上げます。 

 新たな年2018年は戌年です。戌年は「結実」を表す年と言われ、従来まで続けられたさまざまな取り組みに、結果が表れる年とも言われています。今年の大発会は26年ぶりの高値水準で幕を閉じたそうで、大企業を中心とした景況感は上向きのようですが、米国・中東・北朝鮮等との関係、人口減少、少子高齢化、大規模地震への危惧といった国内外の様々な不安材料も厳然と存在しており、予断を許さない状況です。社会情勢にも十分に配慮しながら、慢心を戒め謙遜な心でしっかりと神に祈りつつ、本校本来の役割をしっかりと担って参りたいと存じます。お子さんにとっても保護者の皆様にとっても良い年になるようにと願いながら、教職員一同、日々頑張って参ります。 

  この冬休みに改めて、長い間立教女学院を支えてこられた小川清先生の記念誌『恩寵と感謝』(立教女学院資料室編、2009年)を読みました。小川先生は小学校創設の翌年である1932年に東京帝国大学文学部を卒業後、立教高等女学校教諭となり、その後立教女学院中学校・高等学校・小学校校長、立教女学院院長、立教女学院理事長を歴任され、戦前、戦中、戦後の立教女学院を実質的に支えてこられた、まさに立教女学院そのものといった方です。保護者会でのお話の素晴らしさ、特に小さな子どもたちを大切にする姿勢など、その人となりを物語るエピソードがたくさん載せられていました。私も小学生の頃、母と一緒に街中で小川先生に偶然お目にかかったことが何度かありましたが、いつお会いしても実にダンディな出で立ちで、小さな声で温かく「元気にやっていますか」、「いくつになったのかな」などと二言三言声をかけて頂いたのが嬉しかったです。子どもながらにも人に対する愛情の豊かさと、自らの生きる姿勢への厳しさが強く感じられて、実に清らかな人だなぁ、という強烈な印象を受けていました。 

 某新聞社による都内の高校の卒業生を中心に紹介する「私もこの学校に学んだ」というシリーズの記事の取材を小川先生が受けた際、前もって新聞社側が調べた女学院出身の著名人の在校当時の様子等の質問に、小川先生は、「今名前の挙がった人たちは確かに本校の誇りです。しかしそうした卒業生だけがこの学校の誇りでもなければこの学校の教育の在り方を代表するものでもない。世間では名もない学校で受けた教育を身につけて社会に出て、いろいろな人から喜ばれる素晴らしい働きをしている卒業生もいる。キリスト教の学校であるこの学校では、そういう卒業生がいることを嬉しく誇りに思っている。」(前掲書)という趣旨を回答されたそうです。前院長の中村邦介先生はこの本の緒言で、小川先生のこの精神を、「小川先生を範として、教育が心を配らなければならないことは、ある少数の限られた人々の持つ優れた才能や能力に注がれるだけでなく、むしろ多くのごく普通の人たちが本来持ちうる、その人間らしい優しさと誠実さ、そして知恵や想像力を開花させることにある」とまとめています。このことは、本校教職員が「ひとりひとりを大切にする」、「個々の個性の尊重」という考え方を現場で生かしていく際に、欠くべからざる重要な視点であると感じました。
 今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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≪色鉛筆
 今から10年前の331日、103年の歴史に幕を閉じた学校があります。明治38年創立、茨城県常陸太田市立金砂(かなさ)小学校です。統廃合により、金砂小学校と近隣の金郷(きんごう)小学校が合併し、金郷小学校の校舎と校地を利用して新たな“金砂郷(かなさごう)小学校”として歩み始めました。使われなくなった金砂小学校の校舎を改修して2012年に完成したのが、金砂ふるさと体験交流施設「かなさ笑楽校」です。4・5年生がスタディツアーでお世話になっており、私自身も引率として幾度となく訪れる場所です。
 バザーで金砂郷米を1人でも多くの方に手に取っていただきたい―そのような思いで米袋のデザインをさせていただきました。今年は何か「金砂らしさ」が伝わるものが作れないだろうかと考え、模様に金砂小学校の校章を取り入れました。玄関前で集合写真を撮ると写っているので、見覚えがあるという高学年もいるかもしれません。いつも子どもたちの元気な声が聞こえ、何代にもわたり思い出の場所であり続け、長らく地域の方々に愛されていたであろう金砂小学校。閉校になり新たな施設に生まれ変わっても、変わらずに校舎の正面で静かに堂々と掲げられている校章―。美味しいお米を召し上がりながら、そんな地域の背景にも思いを馳せていただけると幸いです。(亀山 詩乃)

2018/1/13

第225号 2017年12月20日

「いのち」の連続性から    教頭  吉田 太郎

 この夏、クレアの出産から一夜明けた翌日の深夜、大正9年生まれの祖母が他界しました。97歳の大往生でした。
 満州で生まれ育った祖母は、ことあるごとに、私に戦争の話を聞かせてくれました。1931年の満州事変。その後、満州国建国の時には清の最後の皇帝、愛新覚羅溥儀をハルビン駅で日の丸の旗を振って出迎えたこと。満州で医療器具の会社を経営していた祖父と終戦の混乱の中で離散し、命からがら朝鮮半島を渡って、日本へ引き揚げ、その途中で長男を亡くし、なんとか荼毘に付して遺骨を持ち帰ることができたこと。生きて帰ることを信じて待ち続けた祖父とは、京都の舞鶴港で再会し、本当に嬉しかったこと。祖父はシベリア抑留を逃れることができたが、親戚の中には捕らわれて帰国がずっと遅れる者もいたこと。帰国後、祖父は語学力を活かして日本でホテルマンの仕事を得て、生活を建て直したそうです。暮らしが上向いた頃に新聞の購読を始めると、近所の人から引揚者の癖にと陰口を言われて悔しかったこと。その後、職場の労働争議で退職し、小さなパン屋を営むようになったこと。共働き家庭の私は近所に住む祖父母の家で、パン屋の店番をしながら、まるで「えっちゃんのせんそう」(1999年、岸川悦子著)のストーリーそのままの戦争体験談を聞かされて育ちました。
「日本が戦争に負けへんかったら、今頃もっと贅沢な暮らしをさせてやれたやろうなぁ……、満州では日本人は威張ってたからなぁ。でも、戦争で全部奪われてしもうたわ。」というのが祖母の口癖でした。そして決まって「だから、いっぱい本、読んで、勉強するんやで。賢さは誰にも奪われへんのやから」とも。
 旧約聖書に記されたバビロン捕囚の物語やホロコーストの歴史でもディアスポラ(離散)のユダヤ人たちは知識を誰にも奪われない財産と考え、一生懸命に学ぶことを奨励したということを連想しました。
 大正生まれの祖母の葬儀は親族が久しぶりに集まり、悲しいというよりも、「ありがとう」という感謝と、寂しいという気持ち、そして昭和の戦争の記憶がまた一つ、消えていく。そんな印象を抱かせるものとなりました。
 9頭の子犬たちの誕生と祖母の死という出来事は改めて「いのち」について考える時を私に与えてくれました。すべての「いのち」は繋がっていて、この奇跡的な連続性の中に「今」があり「私」があるということ。そして、「今」私たちの目の前にいる子どもたち一人ひとりも同様に「いのち」の繋がりの連続であるということ。
『アブラハムはイサクをもうけ、イサクはヤコブを、ヤコブはユダとその兄弟たちを・・・・・・、このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。』(マタイによる福音書1章2節~)
 その日も「いのち」の連続であり、「今」の延長線上にあるということ。だからこそ、「今」私たちに与えられている子どもたちはこんなにも輝いて見えるのかもしれません。 

 年末年始には、ご実家などへ帰省される機会もあるでしょう。ぜひ繋がりやルーツといったファミリーヒストリーについて話題にしてみてください。親族や家族で一緒に過ごす時間もいつもより多くある、この冬休みをどうか大切に過ごしていただきたいと思います。
 風邪やインフルエンザが猛威をふるっています。安全、健康に気をつけ、よいクリスマスをお迎え下さい。

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≪2年生まつり
 
12月13日、1年生をご招待して、2年生まつりを行いました。10月から、少しずつ準備をすすめてきました。11月終わりにはインフルエンザの流行のため一週間の学年閉鎖期間があり、12月に入ってからは、「2年生まつりの準備が間に合うかなぁ。」と心配しながら過ごした毎日でした。
 まず、どんなお店にするか、グループで相談することから始まりました。去年の2年生が楽しませてくれたことを思い出して、一人ひとり、知恵を振り絞り意見を出し合いながら、1年生が喜んでくれることは何だろうかと考えを深めていきました。6人グループで、12個のお店を出しました。ゲームやさんや、おばけやしき、マジックなどのお店を出すことにしました。
 2年生まつり当日。朝から「今日は1年生のためにがんばるぞ!」とやる気満々の子どもたちでした。ご招待した1年生が来ると満面の笑みで、一生懸命に自分たちの出し物に取り組んでいました。また、ご招待した1年生もとっても楽しんでくれていました。その姿を見て、「一から企画することはとっても大変だったけれど、1年生が喜んでくれて本当に嬉しかった。」と口々に言っていました。また、2年生同士でもお店を回り合い、お互いのお店を楽しみました。「1年生のころは、招待されていて、こんなにも裏で2年生ががんばってくれていたことを知らなかった。」「1つのことをやりきることはとっても大変だけれど、楽しいということがわかった。」などと言っており、2年生にとって大きな成長につながる行事になったことと思います。(2年 石原、五十嵐)
(日記より)
・いっぱい1年生がきてくれてうれしかったです。わたしは、いろいろなおり紙が教えられて楽しかったです。おり紙をがんばって作ったかいがあったな、と思いました。
・1年生もよろこんでくれたし、わたしも楽しんだので、またやれたらいいなあと思いました。
・1年生が2年生まつりを楽しんでくれていたらいいなと思いました。ずっと2年生まつりをやっていたかったです。
・さいしょはとてもきんちょうしたけれど、とちゅうからはぜんぜんきんちょうもせず楽しくなってきて、とてもよい1日になりました。
・ペアの1年生が自分のお店に来てくれてうれしかったです。またこういう楽しいことをきかくしたいです。

こんなお店がありました!たとえば・・・
   
  これなんだ?ゲーム      まとあて&わなげ       さけびのやしき

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≪6年生 ふれあい天文学
 12月7日、国立天文台から永井洋(ながいひろし)さんを迎えて出張授業“ふれあい天文学”を行いました。遠い宇宙を身近に感じてほしい、近隣の三鷹市には日本を代表する研究機関である国立天文台があることを知ってほしい、という思いから実施することとなりました。永井さんは、南米チリにある世界最大級の大型電波望遠鏡群“アルマ望遠鏡”を使い、惑星誕生のメカニズムや地球外生命体の可能性を探る研究をなさっています。それは私たちに馴染みのある望遠鏡ではなく“電波”をとらえる望遠鏡であること、設置されているチリの標高5000mにあるアタカマ砂漠の過酷な環境など、初めて聞く宇宙研究の世界に、メモを取りながら真剣に聞き入っていました。特に子どもたちが驚いていたのは、アルマ望遠鏡の性能。アルマ望遠鏡の視力は人間の視力に例えると、視力6000。それは大阪に落ちている1円玉を東京から見分けられる能力に相当するそうです。
 11月に“月と太陽”を学習し、単元の最後には少し視野を広げて火星、海王星、地球と宇宙の未来など、班でテーマを考えて調べ学習をしました。宇宙についてより詳しく知りたい子も多く「アルマを作るのにどれくらいの時間がかかりますか」「望遠鏡の中で一番視力が良いものは何ですか」「ブラックホールには出口はありますか」「人間が生きられる惑星は他にありますか」「宇宙に端はありますか」など、30分間では足りないほど質問タイムは大いに盛り上がました。永井さんも子どもたちの熱意に一つひとつ丁寧にこたえてくださり、最先端の研究と研究者に触れる貴重な機会となりました。 (理科 亀山)
6年生の感想より)
・私は今回宇宙の広さを知り、その中の点のような地球の中の1人だと思うと、不思議な気持ちになりました。地球外生命体の存在を明らかにするのに気が遠くなるような時間がかかるのに、それをコツコツと研究している研究者さんたちの姿勢がすごいと思いました。なぜ研究を続けられるのかとよく聞かれるが、解き明かすことが楽しいとおっしゃっていました。自分の仕事を楽しんでやれているのがいいなと思いました。
・宇宙に地球に似た星や人間のような生命体が見つかっておらず、地球や私たち人間が特別なものであることを聞いて、地球だけでも広いのに宇宙の中で私たちは、とっても小さいものなのだなと感じました。
・今年の夏休みの自由研究でも「ロケット開発の歴史」というテーマで宇宙について調べるくらい好きです。本当に宇宙のことを調べていることを仕事にしている人があこがれの人になりました。

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≪3・4年生 作家のおはなしを聞く会 ~たかどうほうこ先生をお迎えして~ ≫
 今年度は「つんつくせんせい」シリーズや『まあちゃんのながいかみ』で小さいころから親しまれ、『緑の模様画』といった長編作品も多数お書きになっている高楼方子先生にお越しいただきました。子どもの頃のことや作品について等々、たくさんのことについて軽快にお話くださり、人となりや作品について知る愉しい時間となりました。少しご紹介します。(読書 本宮) 

 得も知れない魔法の粉をふりかけたようなお話(文学)の魅力・・・・・・・・・・
 リンドグレーンやケストナーの作品を読んでわくわくしたのは12歳の時。本の面白さはストーリーだけではないのね。そこに溢れている光、愉しい感じ、流れている何ともいえない雰囲気が自分に合っているかどうか。得も知れない魔法の粉をふりかけたような面白さ。そこにあるのは紙に文字だけ(楽しい絵もあったりするけど)なのに、それはすごく自由なことで、違う世界に行けたりするし、心が慰められたり救われることもある。物語の持つ力は大きいと思うの。作家になろうって思ったけど、ならなくても好きなことだったの。お話を作り出すっていうのは、一人で出来ることで、自由な気持ちになれたのね。
 あきらめなければ叶うこともある夢・・・・・・・・・・
(私の場合)大人の助けがあったの。「いいわね。いいわね。」って言われると嬉しくなるでしょ。小さい頃は姉と大きなシーツのような布に町の絵を考えて描いたり、中学1年の時出会った先生に、書いた文章をほめられたり「私もその本大好き」って言っていただいたり。作家に順調になれたように思ったかもしれないけど、大変なこともいっぱいあったのよ。夢はあきらめなければ叶うこともあるのよね。

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≪金砂郷のみなさまをご招待!
 昨年に引き続き、お世話になっている茨城県金砂郷のみなさまを、小学校のクリスマスにお招きしました。
おめでとうランチも一緒にいただき、「再会」と「降誕」、2つの喜びを分かち合いました。


2017/12/22

第224号 2017年11月30日

中学校の学校説明会    校長  佐野 新生

 このところ抜けるような晴天に恵まれる日も多く、紅葉が実に鮮やかです。セントラルコートのハナミズキは既に全ての葉を落とし終えましたが、あちこちのケヤキが毎日大量の落ち葉を降らせており、校務さんは大忙しです。これから小学校の代表委員会のメンバーも、毎日の落ち葉掃きに加わってくれるそうです。
 入学試験、チャリティデーと大きな行事も無事に終わりました。残り少ない2学期、学習にもしっかりと取り組んでいく一方で、どの学年もクリスマスへの準備が本格化してきています。イエス様の御降誕を祝う気持ちを確かにし、周りの人に喜びを与えようとする活動を通じて、また一段と立派に成長してくれるものと期待しています。

 先日、中学校が主催する学校説明会がありました。本校の6年生とその保護者を対象とする説明会で、毎年この時期に学院講堂で行われます。チャプレンによる礼拝の後、説明会が開始されます。今年は特別に創立140周年記念のビデオが映写され、その後に田部井校長先生、山岸教頭先生のお話が続きました。
 田部井校長先生は、中学校に進学しようとするこの時期の6年生に理解しておいて欲しいことを、4点にまとめて話されました。とてもいいお話を頂きましたので、簡単にまとめておきたいと思います。 

 第1の点は、どうして立教女学院中学に入学したいか、ということをしっかり考えておいて欲しい、ということでした。単純に小学校から女学院の中学校に進むのだ、という感覚ではなく、多くの学校がある中でどうして私はこの学校で学びたいと願うのか、このまま立教女学院での学校生活を続けていきたい、と望むのか、そのことについての考えをしっかり持って欲しい、ということでした。
 第2の点は、中高が大切にしていることをよく理解しておいて欲しい、ということでした。人とは比べない、という意識が大切。それぞれの人の姿・形が違うように、その人らしさ、独自の良さがあり、それを大切にしている学校である。一人ひとりが違っているからこそ、互いを認め、尊重し、大切にしていくことにつながっていく。いい意味で、私は私、あなたはあなた、と考えて欲しい。勉強も難しくなってくるが、一つひとつ理解し積み上げていく毎日の生活が大切である。すぐに分からないことも多くなるが、わからないからこそ勉強をするのだ。時間の使い方、物の考え方、持ち物の選び方など、多くの自由が与えられている、だから、自分の実際の様子をごまかさずに見据え、背伸びをしないで努力を続けて欲しい。とのことでした。
  第3の点は、どんなことでも自分から進んで取り組んでいこうとする姿勢を大切にしていって欲しい、ということでした。さまざまな行事など、この学校には生徒が自分で考えて作っていくことが沢山ある。主体的に、自主的に、取り組むということがとても大切。自分から関わっていく、自分で出来ることを喜んで受け取っていく意識を持って欲しい、とのことでした。
 第4の点は、立教女学院小学校から来る皆さんに大いに期待している、ということでした。140年前にわずか5人でスタートをした立教女学院は、90数年前にこの久我山の地に移り、聖マーガレット礼拝堂も講堂も出来て、ずっと今日まで続いてきている。学校が続いてきたのは、この学校が神様によって建てられ、守られてきた学校だからだ。神様が私たちをどんなときにも見守ってくださっている、ということをよく知っている皆さんが女学院の中学校に入ってくれることは何よりも嬉しいことだ。これまで同様に、神様のことを心のまん中に置いて生活し、中学の生活のための備えをして欲しい。また、今まで礼拝に参加したことのなかった新しいお友達に、親切に礼拝のことなどを教えてあげて欲しい。ということでした。
 その後、山岸先生からも中学校の生活について、温かな雰囲気の中で分かりやすくお話を頂きました。5つの教育目標、ボランティア活動、ARE学習、自由と規律を重んじる伝統の生徒会活動など、紙幅の都合でここでは詳しく掲げられませんが、キリスト教の教えに基づいた魅力溢れる中学校生活が待っていることを教えて頂き、子どもたちも保護者の皆様も、中学校への夢や希望が大きく膨らんだことと思います。 

  今年もインフルエンザが猛威を振るい始め、2年生が今年度初の学年閉鎖となりました。先日配布された保健だよりもご参照頂き、どうか健康にお過ごしになりますようお願いいたします。

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4年生スタディツアー ~茨城県金砂郷~
 4年生のスタディ・ツアーは、茨城県の浅川や久慈川での自然体験や環境学習を目的として行われました。久慈川を遡上する鮭の観察を通して、自然の営みといのちの恵みを実感するツアーです。
 1日目、かなさ笑楽校に到着すると早速、浅川の「リバースミスの学校」に向かいます。浅川は鮭の遡上を見学する久慈川の支流です。はじめに、水をきれいに保つことが鮭や川に住む色々な生き物のために大切なお仕事だという事前レクチャーを受けた後、みんなで川を清掃しました。11月の川は水が冷たく、おそるおそる入っていく子どもたち。でもすぐに掃除が楽しくなって、竹ぼうきや熊手を使ってせっせと落ち葉や川のゴミを集めました。清掃が終わったら、地元の方々と一緒に、「リバースミスの学校」にイルミネーションを飾り付けます。竹で作られた大きなツリーや、川の周辺の木々、小屋などに電飾をかけていきました。夕食後、真っ暗になった川にもう一度訪れ、点灯式です。七色の光がぱあっと辺り一面を照らし、子どもたちから「わあっ!」と感嘆の声が上がりました。
 2日目は、いよいよ久慈川へ。竹藪の道をかき分けて河原に出ると、産卵を終えて力尽きた鮭たちが横たわっていました。また、今まさに産卵に向けて寄り添っている鮭の姿や、さらに上流へ遡上していく様子も見られ、命が受け継がれていく場面に立ち会うことができました。
 最後に伝統的なサケ漁(建て網漁)も見学しました。今年は数が大変少ないという鮭ですが、漁協の方々の協力もあり、卵が取り出され、精子がかけられて受精卵となる様子も見ることができました。受精卵はその後、孵化場に運ばれて稚魚まで育てられます。5年生の社会で学習する「育てる漁業」につながる、学びの機会となりました。(堀口)
(作文より)
川そうじをして気づいたことは、川のそうじをした後はとてもきれいになっているので、上からみんなで見た時に、水面に景色がうつってきれいだということです。あと、そうじをした後はとてもいい気持ちになることです。
・私が川で「つめたっ。」と一人でつぶやくと、「アンテサーツメタアナッテ、カゼヒーナイヨ―二、キヲツケナーテ。」とおばあさんが言いました。何かの暗号かと思って、「え?何て言いました?」と聞くと、「だーからー、冷てえなって、風邪ひーないように気をつけなあ。」とおっしゃったので、(あ!そういうことか!)と思いました。みなさんとっても親切な方々でした。
・18時頃に、イルミネーションを見に行きました。キラキラ、キラキラ。すごくきれいでした。「あ、私達がかざったところ!」などと言い合っていました。川に光がうつって、幸せの国にでもいるようでした。
・産卵のために一生けん命に川をのぼっている様子、オスとメスで協力してはんしょくしている様子、産卵後死んでいく様子……まるで『命のバトンタッチ』を見ているようでした。

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≪1・2年生遠足 ~多摩動物公園~≫
 晴天に恵まれたこの日、1・2年生は立川からモノレールに乗り継いで、多摩動物公園に向かいました。電車の中では周りの方々にご迷惑をかけないよう、子どもたちはとても静かに移動することができました。
 多摩動物公園に着いて、門のところにある大きなゾウの前で記念写真をとり、いよいよ園内に入ります。今年はライオンバスが工事中で使えなかったのですが、その分園内の動物をじっくり見ることができました。思いがけず、生まれたばかりのマレーバクの赤ちゃんを見ることもできました。マレーバクの赤ちゃんの縞模様は生後1ヵ月くらいしか見られないそうで、とても貴重でした。生活科の時間にあらかじめどんな動物をみるかをチェックしていた子どもたちから「シフゾウは、ゾウの仲間じゃないんだ。」とか「キリンがあんなに高いところにあるえさを食べている!」など、いろいろな発見があったようです。
 園内は思いのほかアップダウンがあり、坂道がきついところもありましたが、子どもたちは元気に歩き、見ごろとなった紅葉とともに、間近でみる動物たちの様子を楽しんだ1日となりました。(高橋)
(日記より)
山みちをのぼったりおりたりするのが、たいへんでした。タヌキがとてもかわいいとおもいました。おかおがまるいところがかわいいとおもいました。すばらしいあきのえんそくでした。
・いちばんおどろいたことは、インドサイが目のまえでみられたことです。キリンもおどろきました。どうしてかというとくびがながいからです。えさがたかいロープにかかっていてキリンが目のまえでみられるっていうことは、いい気ぶんになりました。
・いちばんたのしかったのは、コウノトリを見たことです。コウノトリはとてもとてもとてもきれいでした。

≪3年生遠足 ~高尾山≫
 
秋晴れに恵まれて、気持ちの良い光が差し込む中、3年生は高尾山に登りました。日本一の急勾配をガタンガタンと登っていくケーブルカーに乗りこむと、だんだんと気持ちも高まっていきます。ケーブルカーの両側から見える木々の色も、だんだん赤や黄色に強く染まっていきます。バックの青空とのコントラストが見事でした。
 ケーブルカーを降り、4号路を登っていざ頂上へ。細い山道をみんなで歩きました。すぐそばの崖をのぞきこみ、「ズルッと落ちたら大変だぁ……。」とつぶやく声も聞こえます。「けっこう急だなぁ。」「はぁ、はぁ。」「行ける!行ける!」など、みんなで励まし合いながら、50分ほど登ると、頂上につきました。真っ赤なもみじの葉のじゅうたんの上で、お弁当をいただきました。
 「みんなで登れて良かった!」「次はもっと高い山に行きたい!」599mの高尾山を制覇した後の3年生は、もう次の目標に向かって気持ちが動き出してるようです。(小田)

≪5年生遠足 ~陣馬山~≫
 高尾山よりもアップダウンが激しく、体力を必要とするこの登山。怪我なく無事に全員登りきれるか心配していましたが……その不安をよそに、持ち前の大きな声で、「〇〇ちゃんがんばれー!」「弱音はくと余計つかれるよ!ほら!がんばろ!」「みんな!もうすぐ着くよ!」と、まるで運動部のように、元気に声をかけ合いながら、全員無事に登りきることができました。美しい紅葉を見ることができ、秋の訪れを感じた一日でした。(尾亦)
(日記より)
・とちゅう、クラスのみんなが声をかけてくれて元気が出ました。やっぱり山はひとりではなくて、友だちみんなで登るのが楽しいと思いました。
・山は秋のにおいがして、紅葉がお日さまにあたってかがやいていました。
・下山は特にスリル満点で、何度も転びましたが、友だちが「だいじょうぶ?」と手をかしてくれたり、荷物をもってくれたりして、うれしくなりました。

≪6年生遠足 ~鎌倉~≫
 北鎌倉の駅を降り、明月院の脇をぬけ、急な坂を上っていくと、建長寺の見晴らし台に到着。眼下に太陽の光に輝く海が見えました。鎌倉が山と海に囲まれた要塞であることがよく分かり、歴史を学んだ6年生は、その昔、頼朝がこの景色を見ていたことに思いをめぐらせました。
 山道は一列で歩きました。先頭の人たちから「急な上り坂があるよ。」「ここからは下り坂だよ。」など伝言ゲームのように伝えられる度に一喜一憂し、みんなで一緒に登っていることを感じました。「大きな岩をロープをにぎって下ったり、崖の下が見えてスリルがあったり、山道があっという間に感じた。」との感想でした。ゴールは鶴岡八幡宮。境内はたくさんの観光客で賑わっていました。さわやかな秋の風を感じつつ、古都の街を仲間と歩き、鎌倉の魅力を感じた1日でした。(飯澤)

 

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